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神州天馬侠20
日期:2018-11-30 18:26  点击:281
 天の筏
 
    一
 
 矢倉《やぐら》へむかった消火隊と、武器をとって討手《うつて》にむかった者が、あらかたである。——で、家康《いえやす》のまわりには、わずか七、八人の近侍《きんじ》がいるにすぎなかった。
「火はどうじゃ、手はまわったか」
 寝所をでた家康は、そう問いながら、本丸の四阿《あずまや》へ足をむけていた。すると、闇《やみ》のなかから、ばたばたとそこへかけよってきた黒い人影がある。
「や!」
 と侍たちが、立ちふさがって、きッと見ると、物の具で身をかためたひとりの武士《ぶし》が、大地へ両手をついた。
「お上《かみ》、武田《たけだ》の主従《しゆじゆう》が、火薬をしかけたうえに狼藉《ろうぜき》におよびました。ご身辺にまんいちがあっては、一大事です。はやくお奥《おく》へお引きかえしをねがいまする」
「おう、坂部十郎太《さかべじゆうろうた》か。たかが稚児《ちご》どうような伊那丸《いなまる》と六部《ろくぶ》の一人や二人が、檻《おり》をやぶったとて、なにをさほどにうろたえることがある。それよりか、城の火こそ、はやく消さねばならぬ、矢倉《やぐら》へむかえ!」
「はッ」と十郎太が、立ちかけると——
「家康ッ!」と、ふいに、耳もとをつんざいた声とともに、闇のうちからながれきたった一閃《いつせん》の光。
「無礼ものッ!」
 とさけびながら、よろりと、しりえに、身をながした家康の袖《そで》を、さッと、白い切《き》ッ先《さき》がかすってきた。
「何者だ!」
 とその太刀影《たちかげ》を見て、ガバと、はねおきるより早く、斬りまぜていった十郎太《じゆうろうた》の陣刀。
「お上《かみ》、お上」
 と近侍《きんじ》のものは、そのすきに、家康《いえやす》を屏風《びようぶ》がこいにして、本丸の奥へと引きかえしていった。
「無念ッ——」
 長蛇《ちようだ》を逸《いつ》した伊那丸《いなまる》は、なおも、四、五|間《けん》ほど、追いかけてゆくのを、待てと、坂部十郎太《さかべじゆうろうた》の陣刀が、そのうしろから慕《した》いよった。
 と、伊那丸はなんにつまずいたか、ア——と闇《やみ》をおよいだ。ここぞと、十郎太がふりかぶった太刀に、あわれむごい血煙が、立つかと見えたせつな、魔鳥のごとく飛びかかってきた龍太郎《りゆうたろう》が、やッと、横ざまに戒刀《かいとう》をもって、薙《な》ぎつけた。
「むッ……」と十郎太は、苦鳴《くめい》をあげて、たおれた。
「若君——」
 と寄りそってきた龍太郎、
「またの時節《じせつ》があります。もう、すこしも、ご猶予《ゆうよ》は危険です。さ、この城から逃げださねばなりませぬ」
「でも……龍太郎、ここまできて、家康を討ちもらしたのはざんねんだ。わしは無念だ」
「ごもっともです。しかし、伊那丸《いなまる》さまの大望は、ひろい天下にあるのではござりませぬか。家康《いえやす》ひとりは小さな敵です。さ、早く」
 とせき立てたかれは、むりにかれの手をとって、築山《つきやま》から、城の土塀《どべい》によじのぼり、狭間《はざま》や、わずかな足がかりを力に、二|丈《じよう》あまりの石垣《いしがき》を、すべり落ちた。
 途中に犬走りという中段がある。ふたりはそこまでおりて、ぴったりと石垣に腹をつけながら、しばらくあたりをうかがっていた。上では、城内の武士が声をからして、八ぽうへ手配《てくば》りをさけびつつ、縄梯子《なわばしご》を、石垣のそとへかけおろしてきた。南無三《なむさん》——とあなたを見れば、火の手を見た城下の旗本たちが、闇《やみ》をついて、これまた城の大手へ刻々に殺到するけはいである。
「どうしたものだろう?」
 さすがの龍太郎《りゆうたろう》も、ここまできて、はたと当惑《とうわく》した。もう濠《ほり》までわずかに五、六尺だが、そのさきは、満々とたたえた外濠《そとぼり》、橋なくして、渡ることはとてもできない。ふつう、兵法で十五|間《けん》以上と定められてある濠《ほり》が、どっちへまわっても、陸と城との境《さかい》をへだてている。するといきなり上からヒューッと一団の火が尾をひいて、ふたりのそばに落ちてきた。闇夜の敵影をさぐる投げ松明《たいまつ》である。ヒューッ、ヒューッ、とつづけざまにおちてくる光——
「いたッ、犬走りだ」
 と頭のうえで声がしたとたんに、光をたよりに、バラバラと、つるべうちに射《い》てきた矢のうなり、——鉄砲のひびき。
「しまった」と龍太郎《りゆうたろう》は伊那丸《いなまる》の身をかばいながら、石垣にそった犬走りを先へさきへとにげのびた。しかし、どこまでいっても陸《おか》へでるはずはない。ただむなしく、城のまわりをまわっているのだ。そのうちには、敵の手配《てはい》はいよいよきびしく固まるであろう。
 矢と、鉄砲と、投げ松明《たいまつ》は、どこまでも、ふたりの影をおいかけてくる。そのうちに龍太郎は、「あッ」と立ちすくんでしまった。
 ゆくての道はとぎれている。見れば目のまえはまっくらな深淵《しんえん》で、ごうーッという水音が、闇《やみ》のそこに渦《うず》まいているようす。ここぞ、城内の水をきって落としてくる水門であったのだ。
 矢弾《やだま》は、ともすると、鬢《びん》の毛をかすってくる。前はうずまく深淵《しんえん》、ふたりは、進退きわまった。
「ああ、無念——これまでか」と龍太郎は天をあおいで嘆息《たんそく》した。
 と、そのまえへ、ぬッと下から突きだしてきた槍《やり》の穂《ほ》?
「何者?」
 と思わず引っつかむと、これは、冷たい雫にぬれた棹《さお》のさきだった。龍太郎がつかんだ力に引かれて、まっ黒な水門から筏《いかだ》のような影がゆらゆらと流れよってきた。その上にたって、棹《さお》を手《た》ぐってくるふしぎな男はたれ? 敵か味方か、ふたりは目をみはって、闇《やみ》をすかした。

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