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神州天馬侠31
日期:2018-11-30 18:30  点击:303
 鞍馬の竹童
 
    四
 
「日吉《ひよし》の森へいってごらんなさい。今為朝が、五重塔《ごじゆうのとう》の上にでた老人の魔物《まもの》を射《い》にゆきましたぜ」
 坂本の町の葭簀《よしず》茶屋でも、こんなうわさがぱッとたった。
 床几《しようぎ》にかけて、茶をすすっていた木隠龍太郎《こがくれりゆうたろう》は、それを聞くと、道づれの小文治《こぶんじ》をかえりみながら、にわかにツイと立ちあがった。
「ひょっとすると、その老人こそ、先生かもしれない。このへんでお目にかかることができればなによりだ、とにかく、いそいでまいってみよう」
「え?」
 小文治《こぶんじ》はふしんな顔をしたが、もう龍太郎《りゆうたろう》がいっさんにかけだしたので、あわててあとからつづいてゆくと、うわさにたがわぬ人|群《む》れだ。
 両足をふんまえて、狙《ねら》いさだめた蔦之助《つたのすけ》は、いまや、プツンとばかり手もとを切ってはなした。
「あ——」と群集は声をのんだ、矢のゆくえにひとみをこらした。と見れば、風をきってとんでいった白羽の矢は、まさしく五重塔《ごじゆうのとう》の、あやしき老人を射抜《いぬ》いたとおもったのに、ぱッと、そこから飛びたったのは、一羽の白鷺《しらさぎ》、ヒラヒラと、青空にまいあがったが、やがて、日吉《ひよし》の森へ影《かげ》をかくした。
「なアんだ」と多くのものは、口をあいたまま、ぼうぜんとして、まえの老人がまぼろしか、いまの白鷺がまぼろしかと、おのれの目をうたぐって、睫毛《まつげ》をこすっているばかりだ。
 そこへ、一足《ひとあし》おくれてきた龍太郎と小文治はもう人の散ってゆくのに失望して、そのまま、叡山《えいざん》の道をグングン登っていった。
 ふたりはこれから、比叡山《ひえいざん》をこえ、八瀬《やせ》から鞍馬《くらま》をさして、峰《みね》づたいにいそぐのらしい。いうまでもなく果心居士《かしんこじ》のすまいをたずねるためだ。
 音にきく源平《げんぺい》時代のむかし、天狗《てんぐ》の棲家《すみか》といわれたほどの鞍馬の山路は、まったく話にきいた以上のけわしさ。おまけにふたりがそこへさしかかってきた時は、ちょうど、とっぷり日も暮れてしまった。
 ふもとでもらった、蛍火《ほたるび》ほどの火縄《ひなわ》をゆいつのたよりにふって、うわばみの歯のような、岩壁をつたい、百足腹《むかでばら》、鬼すべりなどという嶮路《けんろ》をよじ登ってくる。
 おりから初秋《はつあき》とはいえ、山の寒さはまたかくべつ、それにいちめん朦朧《もうろう》として、ふかい霧《きり》が山をつつんでいるので、いつか火縄もしめって、消えてしまった。
「小文治《こぶんじ》どの、お気をつけなされよ、よろしいか」
「大じょうぶ、ごしんぱいはいりません」
 とはいったが、小文治も、海ならどんな荒浪にも恐れぬが、山にはなれないので、れいの朱柄《あかえ》の槍《やり》を杖《つえ》にして足をひきずりひきずりついていった。千段曲《せんだんまが》りという坂道をやっとおりると、白い霧がムクムクわきあがっている底に、ゴオーッというすごい水音がする。渓流《けいりゆう》である。
「橋がないから、その槍《やり》をおかしなさい。こうして、おたがいに槍の両端を握りあってゆけば、流されることはありません」
 龍太郎《りゆうたろう》は山なれているので、先にかるがると、岩石へとびうつった。すると、小文治のうしろにあたる断崖《だんがい》から、ドドドドッとまっ黒なものが、むらがっておりてきた。
「や?」と小文治は身がまえて見ると、およそ五、六十ぴきの山猿《やまざる》の大群である。そのなかに、十|歳《さい》ぐらいな少年がただひとり、鹿《しか》の背にのって笑っている。
「おお、そこへきたのは、竹童《ちくどう》ではないか」
 岩の上から龍太郎が声をかけると、鹿の背からおりた少年も、なれなれしくいった。
「龍太郎《りゆうたろう》さま、ただいまお帰りでございましたか」
「む、して先生はおいでであろうな」
「このあいだから、お客さまがご滞留《たいりゆう》なので、このごろは、ずっと荘園《そうえん》においでなさいます」
「そうか。じつは拙者《せつしや》の道づれも、足をいためたごようすだ。おまえの鹿《しか》をかしてあげてくれないか」
「アアこのおかたですか、おやすいことです」
 竹童《ちくどう》は口笛《くちぶえ》を鳴らしながら、鹿をおきずてにして、岩燕《いわつばめ》のごとく、渓流《けいりゆう》をとびこえてゆくと、猿《さる》の大群も、口笛について、ワラワラとふかい霧の中へかげを消してしまった。
 鹿の背をかりて、しばらくたどってくると、小文治《こぶんじ》は馥郁《ふくいく》たる香《かお》りに、仙境《せんきよう》へでもきたような心地がした。
「やっと僧正谷《そうじようがたに》へまいりましたぞ」
 と龍太郎が指さすところを見ると、そこは山芝《やましば》の平地で、甘《あま》いにおいをただよわせている果樹園《かじゆえん》には、なにかの実《み》が熟《う》れ、大きな芭蕉《ばしよう》のかげには、竹を柱にしたゆかしい一軒の家が見えて、ほんのりと、灯《あか》りがもれている。
 門からのぞくと、庵室《あんしつ》のなかには、白髪童顔《はくはつどうがん》の翁《おきな》が、果物で酒を酌《く》みながら、総髪《そうはつ》にゆったりっぱな武士《ぶし》とむかいあって、なにかしきりに笑い興《きよう》じている。
「龍太郎《りゆうたろう》、ただいま帰りました」
 とかれが両手をついたうしろに、小文治《こぶんじ》もひかえた。
「なんじゃ? おめおめと帰ってきおったと」
 翁《おきな》——それは別人ならぬ果心居士《かしんこじ》だ。龍太郎の顔を見ると、|ふい《ヽヽ》と、かたわらの藜《あかざ》の杖《つえ》をにぎりとって、立ちあがるが早いか、
「ばかもの」ピシリと龍太郎の肩をうった。

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