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神州天馬侠34
日期:2018-11-30 18:31  点击:234
 智恵のたたかい
 
    二
 
 この秋に、京は紫野《むらさきの》の大徳寺《だいとくじ》で、故右大臣信長《こうだいじんのぶなが》の、さかんな葬儀《そうぎ》がいとなまれたので、諸国の大小名《だいしようみよう》は、ぞくぞくと京都にのぼっていた。
 なかで、穴山梅雪入道《あなやまばいせつにゆうどう》は、役目をおえたのち、主人の徳川家康《とくがわいえやす》にいとまをもらって、甲州|北郡《きたごおり》へかえるところを、廻り道して、見物がてら、泉州の堺《さかい》に、半月あまりも滞在《たいざい》していた。
 堺は当時の開港場《かいこうじよう》だったので、ものめずらしい異国《いこく》の色彩《しきさい》があふれていた。唐《から》や、呂宋《ルソン》や、南蛮《なんばん》の器物、織物などを、見たりもとめたりするのも、ぜひここでなければならなかった。
「殿《との》、見なれぬ者がたずねてまいりましたが、通しましょうか、いかがしたものでござります」
 穴山梅雪の仮《かり》の館《やかた》では、もう燭《しよく》をともして、侍女《こしもと》たちが、琴《こと》をかなでて、にぎわっているところだった。そこへひとりの家臣が、こう取りついできた。
「何者じゃ」
 梅雪入道は、もう眉《まゆ》にも霜《しも》のみえる老年、しかし、千軍万馬を疾駆《しつく》して、鍛《きた》えあげた骨|ぶし《ヽヽ》だけは、たしかにどこかちがっている。
「肥前《ひぜん》の郷士《ごうし》、浪島五兵衛《なみしまごへえ》ともうすもので、二、三人の従者《じゆうしや》もつれた、いやしからぬ男でござります」
「ふーむ……、してその者が、何用で余《よ》にあいたいともうすのじゃ」
「その浪島ともうす郷士が、あるおりに呂宋《ルソン》より海南《ハイナン》にわたり、なおバタビヤ、ジャガタラなどの国々の珍品もたくさん持ちかえりましたので、殿のお目にいれ、お買いあげを得たいともうすので」
「それは珍しいものが数あろう」
 梅雪入道《ばいせつにゆうどう》は、このごろしきりに、堺《さかい》でそのような品《しな》をあつめていたところ、思わず心をうごかしたらしい。
「とにかく、通してみろ。ただし、ひとりであるぞ」
「はい」家臣は、さがっていく。
 入れちがって、そこへあんないされてきたのは、衣服、大小や、かっぷくもりっぱな侍《さむらい》、ただ色はあくまで黒い。目はおだやかとはいえない光である。
「取りつぎのあった、浪島《なみしま》とはそちか」
「ヘッ、お目通りをたまわりまして、ありがとうぞんじます」
「さっそく、バタビヤ、ジャガタラの珍品などを、余《よ》に見せてもらいたいものであるな」
「じつは、他家《たけ》へ吹聴《ふいちよう》したくない、秘密な品《しな》もござりますゆえ、願わくばお人|払《ばら》いをねがいまする」
 という望みまでいれて、あとはふたりの座敷となると梅雪はさらにまたせきだした。
「して、その秘密な品《しな》とは、いかなるものじゃ」
「殿《との》——」
 浪島という、郷士《ごうし》のまなこが、そのときいような光をおびて、声の調子まで、ガラリと変った。
「買ってもらいたいのは、ジャガタラの品物じゃありません。武田菱《たけだびし》の紋《もん》をうった、りっぱな人間です。どうです、ご相談にのりませんか」
「な、なんじゃッ?」
「シッ……大きな声をだすと、殿《との》さまのおためにもなりませんぜ。徳川家《とくがわけ》で、血眼《ちまなこ》になっている武田伊那丸《たけだいなまる》、それをお売りもうそうということなんで」
「む……」入道《にゆうどう》はじッと郷士《ごうし》の面《おもて》をみつめて、しばらくその大胆《だいたん》な押《お》し売《う》りにあきれていた。
「けっして、そちらにご不用なものではありますまい。武田《たけだ》の御曹子《おんぞうし》を生けどって、徳川さまへさしだせば、一万|石《ごく》や二万|石《ごく》の恩賞《おんしよう》はあるにきまっています。先祖代々から禄《ろく》をはんだ、武田家《たけだけ》の亡《ほろ》びるのさえみすてて、徳川家へついたほどのあなただから、よろこんで買ってくださるだろうと思って、あてにしてきた売物です」
 ほとんど、強請《ゆすり》にもひとしい口吻《こうふん》である。だのに、梅雪入道《ばいせつにゆうどう》は顔色をうしなって、この無礼者を手討ちにしようともしない。
 どんな身分であろうと、弱点をつかれると弱いものだ。穴山梅雪入道は、事実、かれのいうとおり、ついこのあいだまでは、武田勝頼《たけだかつより》の無二の者とたのまれていた武将であった。
 それが、織田徳川連合軍《おだとくがわれんごうぐん》の乱入とともに、まッさきに徳川家にくだって、甲府討入《こうふうちい》りの手引きをしたのみか、信玄《しんげん》いらい、恩顧《おんこ》のふかい武田《たけだ》一族の最期《さいご》を見すてて、じぶんだけの命と栄華《えいが》をとりとめた武士《ぶし》である。
 この利慾のふかい武士へ、伊那丸《いなまる》という餌《え》をもって釣《つ》りにきたのは、いうまでもなく、武士に化《ば》けているが、八幡船《ばはんせん》の龍巻《たつまき》であった。

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