智恵のたたかい
三
都より開港場《かいこうじよう》のほうに、なにかの手がかりが多かろうと、目星をつけて、京都から堺《さかい》へいりこんでいたのは、鞍馬《くらま》を下山した小幡民部《こばたみんぶ》である。
人手をわけて、要所を見張らせていた網《あみ》は、意外な効果《こうか》をはやくも告《つ》げてきた。
「たしかに、八幡船のやつらしい者が三人、侍《さむらい》にばけて、穴山梅雪《あなやまばいせつ》の宿をたずねた——」
この知らせをうけた民部は、たずねさきが主家《しゆけ》を売って敵にはしった、犬梅雪《いぬばいせつ》であるだけに、いよいよそれだと直覚した。
いっぽう、その夜ふけて、梅雪のかりの館《やかた》をでていった三つのかげは、なにかヒソヒソささやきながら堺の町から、くらい波止場《はとば》のほうへあるいていく。
「おかしら、じゃアとにかく、話はうまくついたっていうわけですね」
「上首尾《じゆうしゆび》さ。じぶんも立身の種《たね》になるんだから、いやもおうもありゃあしない。これからすぐに島へかえって、伊那丸をつれてさえくれば、からだの目方と黄金《きん》の目方のとりかえッこだ」
「しッ……うしろから足音がしますぜ」
「え?」
と三人とも、脛《すね》にきずもつ身なので、おもわずふりかえると、深編笠《ふかあみがさ》の侍《さむらい》が、ピタピタあるき寄ってきて、なれなれしくことばをかけた。
「おかしら、いつもご壮健で、けっこうでござりますな」
「なんだって? おれはそんな者じゃアない」
「エヘヘヘヘ、わたしも、こんな、侍姿にばけているから、ゆだんをなさらないのはごもっともですが、さきほど町で、チラとお見うけして、まちがいがないのです」
「なんだい、おめえはいったい?」
「こう見えても、ずいぶん浪《なみ》の上でかせいだ者です」
「おれたちの船じゃなかろう、こっちは知らねえもの」
「そりゃア数ある八幡船《ばはんせん》ですから」
「しッ。でっかい声をするねえ」
「すみません。船から船へわたりまわったことですからな、ながいお世話にはなりませんでしょうが、おかしらの船でも一どはたらいたことがあるんです」
話しながら、いつか陸《おか》はずれの、小船のおいてあるところまできてしまった。あとをついてきた侍すがたの男は、ぜひ、もう一ど船ではたらきたいからとせがんでたくみに龍巻《たつまき》を信じさせ、沖にすがたを隠している、八幡船《ばはんせん》の仲間のうちへ、まんまと乗りこむことになった。
その男の正体《しようたい》が、小幡民部《こばたみんぶ》であることはいうまでもない。なまじ町人すがたにばけたりなどすると、かえってさきが、ゆだんをしないと見て、生地《きじ》のままの反間苦肉《はんかんくにく》がみごとに当った。
民部のこころは躍っていた。けれどもうわべはどこまでもぼんやりに見せて、たえず、船中に目をくばっていたが、どうもこの船にはそれらしい者を、かくしているようすが見えない。で、いちじはちがったかと思ったが、梅雪《ばいせつ》をおとずれたという事実は、どうしても、民部には見のがせない。
船は、その翌日、闇夜《あんや》にまぎれて、堺《さかい》の沖から、ふたたび南へむかって、満々《まんまん》と帆《ほ》をはった。