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神州天馬侠39
日期:2018-11-30 18:33  点击:265
 笛ふく咲耶子
 
    二
 
 堺見物《さかいけんぶつ》もおわったが、伊那丸のことがあるので、帰国をのばしていた穴山梅雪《あなやまばいせつ》の館《やかた》へ、ある夕《ゆう》べ、ひとりの男が密書《みつしよ》を持っておとずれた。
 吉左右《きつそう》を待ちかねていた梅雪入道は、くっきょうな武士七、八名に、身のまわりをかためさせて、築山《つきやま》の亭《ちん》へ足をはこんできた。そこには、黒衣覆面《こくいふくめん》の密書の使いが、両手をついてひかえていた。
「書面は、しかと見たが、今宵《こよい》のあんないをするというそのほうは何者だの」
 と梅雪はゆだんのない目くばりでいった。
「龍巻《たつまき》の腹心の者、民蔵《たみぞう》ともうしまする」
「して、伊那丸《いなまる》の身は、ただいまどこへおいてあるの?」
「しばらく船中で手当を加えておりましたが、こよい亥《い》の刻《こく》に、かねてのお約束《やくそく》どおり、船からあげて阿古屋《あこや》の松原まで頭《かしら》が連れてまいり、金子《きんす》と引きかえに、お館《やかた》へお渡しいたすてはずになっておりまする」
 よどみのない使いの弁舌《べんぜつ》に、梅雪入道《ばいせつにゆうどう》も疑《うたが》いをといたとみえ、すぐ家臣に三箱の黄金をになわせ、じぶんも頭巾《ずきん》に面《おもて》をかくして騎馬立《きばだ》ちとなり、剛者《つわもの》十数人を引きつれて、阿古屋の松原へと出向いていった。
「殿さま、しばらくお待ちねがいます」
 途中までくると、案内役の民蔵は、梅雪入道の鞍壺《くらつぼ》のそばへよって、ふいに小腰をかがめた。
「少々おねがいの儀《ぎ》がござります。お馬をとめて、無礼者《ぶれいもの》とお怒りもありましょうが、阿古屋の松原へついては間《ま》にあわぬこと、お聞きくださいましょうか」
「なんじゃ、とにかくもうしてみい」
「は、余《よ》の儀《ぎ》でもござりませぬが、今日《こんにち》お館のご威光《いこう》を見、またかくお供《とも》いたしているうちに、八幡船《ばはんせん》の手下となっていることが、つくづく浅ましく感じられ、むかしの武士《ぶし》にかえって、白日《はくじつ》のもとに、ご奉公いたしたくなってまいりました」
「悠長《ゆうちよう》なやつ、かような出先《でさき》にたって、なにを述懐《じゆつかい》めいたことをぬかしおるか。それがなんといたしたのだ」
「ここに一つの手柄《てがら》をきっと立てますゆえ、お館《やかた》の家来の端《はし》になりと、お加えなされてくださりませ」
「ふウ——どういう手柄《てがら》を立てて見せるな」
「この三箱の黄金《おうごん》をかれにわたさずして、まんまと、武田伊那丸《たけだいなまる》を龍巻《たつまき》の手よりうばい取ってごらんに入れますが」
「ぬからぬことをもうすやつだ。して、その策《さく》は?」
「わが君、お耳を……」
 小幡民部《こばたみんぶ》の民蔵《たみぞう》が、なにをささやいたものか、梅雪《ばいせつ》はたちまち慾ぶかいその相好《そうごう》をくずして、かれのねがいを聞きとどけた。そして、えらびだした武士二、三人に、密命をふくませ、そこからいずこともなく放してやると、自身はふたたび、民蔵を行列の先頭にして、闇夜《あんや》の街道を、しずしずと進んでいった。

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