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神州天馬侠47
日期:2018-11-30 18:36  点击:244
 天翔る鞍馬の使者
 
    四
 
 竹童《ちくどう》は弱った。|しん《ヽヽ》そこからこまった。
 大切な手紙を取りおとしては、お師匠《ししよう》さまから、どんなお叱《しか》りをうけるか知れないと、かれはあわてて鷲《わし》をおろした。そこはうつくしい鳰鳥《におどり》の浮いている琵琶湖《びわこ》のほとり、膳所《ぜぜ》の松原のかげであった。
「これクロよ、おいらが手紙をさがしてくるあいだ、後生《ごしよう》だから待ってるんだぞ、そこで魚《さかな》でも取って待っているんだぞ、いいか、いいか」
 竹童は鷲にたいして、人間にいい聞かせるとおりのことばを残し、スタスタ松と松のあいだを走りだしてくると、反対にむこうからも息をきって、こなたへいそいできたひとりの武士があった——いうまでもなく山県蔦之助《やまがたつたのすけ》である。
 ふたりはバッタリ細い小道でゆき会った。竹童がなにげなく蔦之助の片手をみると、まさしくおとした手紙をつかんでいる。蔦之助もまた、素《す》はだし尻《しり》きり衣服に、棒切れを腰にさした、いような小僧《こぞう》のすがたに目をみはった。
「これ子供、子供。……つんぼか、なぜ返辞《へんじ》をせぬ」
「おじさん、おいら子供じゃないぜ」
「なに子供じゃないと、では何歳《なんさい》じゃ」
「九ツだよ。だけれど大人《おとな》だけの働きをするから子供じゃない、アアそんなことはどうでもいい、おいらおじさんに聞きたいけれど、そっちの手につかんでいるものはなんだい? 見せておくれよ」
「ばかをもうせ。それより拙者《せつしや》のほうがきくが、いましがた、大津《おおつ》の町の上をとんでいた鷲《わし》が、ここらあたりでおりた形跡《けいせき》はないか、どうじゃ」
「白《しら》ばッくれちゃいけない。その手紙をおだしよ」
「この童《わつぱ》めッ、無礼《ぶれい》をもうすな」
「なにッ、返さなきゃこうだぞ」
 と、竹童《ちくどう》からだは小さいが身ごなしの敏捷《びんしよう》おどろくばかり、不意《ふい》に蔦之助《つたのすけ》に飛びかかったと思うと、かれの手から手紙をひッたくって、バラバラと逃げだした。
「小僧《こぞう》ッ——」と追い討《う》ちにのびた蔦之助の烈剣《れつけん》に、あわや、竹童まッ二つになったかと見れば、切《き》ッ先《さき》三|寸《ずん》のところから一|躍《やく》して四、五|間《けん》も先へとびのいた。
「きゃつ、ただ者ではない」ととっさにおもった蔦之助は、いっさんに追いかけながら、ピュッと手のうちからなげた流星の手裏剣《しゆりけん》! それとは、さすがに用心しなかった竹童の踵《かかと》をぷッつり刺《さ》しとめた。
「あッ!」ドタリと前へころんだところを、すかさずかけよってねじつけた、蔦之助の強力《ごうりき》。それには竹童《ちくどう》も泣きそうになった。
「おじさん、おじさん、なんだっておいらの手紙をそんなにほしがるんだい——苦しいから堪忍《かんにん》しておくれよ。この手紙は大切な手紙だから」
「なんじゃ、ではこの書面は汝《なんじ》が持っていた物か」
「ああ、おいらが遠方の人へとどけにいくんだ」
「ではいましがた、鷲《わし》の上にのっていたのは?」
「おいらだよ、アア、喉《のど》がくるしい」
「えッ、そのほうか」
 とびっくりして、竹童をだきおこした蔦之助《つたのすけ》は、しばらくしげしげとかれの姿をみつめていたが、やがて、松の根方《ねかた》へ腰をおろして、心からこのおさない者に謝罪《しやざい》した。
「知らぬこととはもうせ、飛んだ粗相《そそう》をいたした。どうかゆるしてくれい、そこで、あらためて聞きたいが、御身《おんみ》はその手紙にある果心居士《かしんこじ》のお弟子《でし》か」
「そうだ……」竹童も岩の上にあぐらをかいて、腰のふくろから薬草の葉を取りだし、手でやわらかにもんだやつを踵《かかと》のきずへはりつけている。
「ではさきごろ、日吉《ひよし》の五重塔《ごじゆうのとう》へ登っていたのも居士ではなかったか、恥《はじ》をもうせば、里人《さとびと》の望みにまかせて射《い》たところが、一|羽《わ》の鷺《さぎ》となって逃げうせた」
「おじさんはむちゃだなあ、おいらのお師匠《ししよう》さまへ矢をむけるのは、お月さまを射《い》るのと同じだよ」
「やっぱりそうであったか、いや面目《めんもく》もないことであった。ところで、さらにくどいようじゃが、そちの持っている書面にある加賀見忍剣《かがみにんけん》ともうすかたは、ただいまどこにおいでになるのか、また、たずねるお方とはどなたを指したものか、山県蔦之助《やまがたつたのすけ》が頭をさげてたのむ。どうか教えてもらいたい」
「いやだ」
 竹童《ちくどう》はきつくかぶりをふった。
「なぜ?」
「わからないおじさんだナ、なんだって人がおとした手紙のなかをだまって読んだのさ。だからいやだ」
「ウーム、それも重々《じゆうじゆう》拙者《せつしや》が悪かった、ひらにあやまる」
「じゃあ話してやってもいいが、うかつな人にはうち明けられない、いったいおじさんは何者?」
「父はもと甲州二十七|将《しよう》の一人であったが、拙者の代《だい》となってからは天下の浪人《ろうにん》、大津《おおつ》の町で弓術《きゆうじゆつ》の指南《しなん》をしている山県蔦之助ともうすものじゃ」
「えッ、じゃあおじさんも武田《たけだ》の浪人か——ふしぎだなア……おいらのお師匠《ししよう》さまも、ずっと昔は武田家《たけだけ》の侍《さむらい》だったんだ」
 といいかけて竹童は、まえに居士《こじ》から口止めされたことに気がついたか、ふッと口をつぐんでしまった。そのかわり、これから、居士《こじ》の命《めい》をうけて武州高尾《ぶしゆうたかお》にいる忍剣のところへいくこと、また過日《かじつ》、小幡民部《こばたみんぶ》から通牒《つうちよう》がきて、なにごとか伊那丸《いなまる》の身辺に一大事が起っているらしいということ、さては、書中にある御方《おんかた》という人こそ信玄《しんげん》の孫《まご》武田《たけだ》伊那丸であることまで、残るところなく説明した。
 聞きおわった蔦之助《つたのすけ》は、こおどりせんばかりによろこんだ。武田滅亡《たけだめつぼう》の末路《まつろ》をながめて、悲憤《ひふん》にたえなかったかれは、伊那丸の行方《ゆくえ》を、今日《こんにち》までどれほどたずねにたずねていたか知れないのだ。
「これこそ、まことに天冥《てんみよう》のお引きあわせだ。拙者《せつしや》もこれよりすぐに、富士《ふじ》の裾野《すその》へむけて出立《しゆつたつ》いたす、竹童《ちくどう》とやら、またいつかの時にあうであろう」
「ではあなたも裾野へかけつけますか、わたしもいそがねば、伊那丸さまの一大事です」
「おお、ずいぶん気をつけていくがよい」
「大じょうぶ、おさらばです」
 竹童はふたたび鷲《わし》の背にかくれて、舞いあがるよと見るまに、いっきに琵琶湖《びわこ》の空をこえて、伊吹《いぶき》の山のあなたへ——。
 いっぽう、山県蔦之助《やまがたつたのすけ》は、その日のうちに、武芸者姿《ぶげいしやすがた》いさましく、富士《ふじ》ケ根《ね》さして旅立った。

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