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神州天馬侠48
日期:2018-11-30 18:37  点击:286
 天翔る鞍馬の使者
 
    五
 
「まだきょうも空に見えない、ああクロはどうしたろう……?」
 毎日高尾の山巓《さんてん》にたって、一|羽《わ》の鳥影も見のがさずに、鷲《わし》の帰るのを待ちわびている者は、加賀見忍剣《かがみにんけん》その人である。
 快風《かいふう》一陣! かれを狂喜《きようき》せしめた便《たよ》りは天の一|角《かく》からきた。クロの足にむすびつけられた伊那丸《いなまる》の血書《けつしよ》の文字、竹童《ちくどう》がもたらしてきた果心居士《かしんこじ》の手紙。かれははふりおつる涙をはらいつつ、二通の文字をくり返しくりかえし読んだ。
「これを手に受けたらその日に立てとある——オオ、こうしてはいられないのだ。竹童とやら、はるばる使いにきてご苦労だったが、わしはこれからすぐ、伊那丸さまのおいでになるところへいそがねばならぬ、鞍馬《くらま》へ帰ったら、どうかご老台《ろうだい》へよろしくお礼をもうしあげてくれ」
「ハイ承知《しようち》しました。だけれどお坊《ぼう》さん、おいらは少しこまったことができてしまった」
「なんじゃ、お使いの褒美《ほうび》に、たいがいのことは聞いてやる、なにか望みがあるならもうすがよい」
「ううん、褒美なんかいらないけれど、そのクロという鷲はお坊さんのものなんだネ」
「いやいや、この鷲はわたしの飼《か》い鳥でもない、持主《もちぬし》といえば、武田家《たけだけ》にご由緒《ゆいしよ》のふかい鳥ゆえ、まず伊那丸君の物とでももうそうか」
「ネ、おいら、ほんとをいうと、このクロと別《わか》れるのがいやになってしまったんだよ。きっと大切にして、いつでも用のある時には飛んでいくから、おいらにかしといてくんないか」
 天真爛漫《てんしんらんまん》な願いに、忍剣もおもわず微笑《ほほえ》んでそれをゆるした。竹童《ちくどう》は大よろこび、あたかも友だちにだきつくようにクロの背なかへふたたび身を乗せて、忍剣に別《わか》れを告《つ》げるのも空の上から——いずこともなく飛びさってしまった。
 間《ま》もなく、高尾の奥院《おくのいん》からくだってきた加賀見忍剣《かがみにんけん》は、神馬小舎《しんめごや》から一頭の馬をひきだし、鉄の錫杖《しやくじよう》をななめに背《せ》にむすびつけて、法衣《ころも》の袖《そで》も高からげに手綱《たづな》をとり、夜路山路《よみちやまみち》のきらいなく、南へ南へと駒《こま》をかけとばした。
 ほのぼの明けた次の朝、まだ野も山も森も見えぬ霧《きり》のなかから、
「オーイ、オーイ」
 と忍剣の駒を追いかけてくる者がある。しかも、あとからくる者も騎馬《きば》と見えて、パパパパパとひびく蹄《ひづめ》の音、はて何者かしらと、忍剣が馬首《ばしゆ》をめぐらせて待ちうけているとたちまち、目の前へあらわれてきた者は、黒鹿毛《くろかげ》にまたがった白衣《びやくえ》の男と朱柄《あかえ》の槍《やり》を小わきにかいこんだりりしい若者。
「もしやそれへおいでになるのは、加賀見忍剣どのではござらぬか」
「や! そういわれる其許《そこもと》たちは」
「おお、いつか裾野《すその》の文殊閣《もんじゆかく》で、たがいに心のうちを知らず、伊那丸君《いなまるぎみ》をうばいあった木隠龍太郎《こがくれりゆうたろう》」
「またわたくしは、巽小文治《たつみこぶんじ》ともうす者」
「おお、ではおのおのがたも、ひとしく伊那丸さまのおんために力をおあわせくださる勇士たちでしたか」
「いうまでもないこと。忍剣《にんけん》どののおはなしは、くわしくのちにうけたまわった。じつは我々両名の者は、小太郎山《こたろうざん》に砦《とりで》をきずく用意にかかっておりましたが、はからずも主君伊那丸さまが、穴山梅雪《あなやまばいせつ》の手にかこまれて、きょう裾野《すその》へさしかかるゆえ、出会《しゆつかい》せよという小幡民部《こばたみんぶ》どのからの諜状《しめしじよう》、それゆえいそぐところでござる」
「思いがけないところで、同志《どうし》のおのおのと落ち会いましたことよ。なにをつつみましょう。まこと、わたくしもこれよりさしていくところは、富士《ふじ》の裾野」
「忍剣どのも加わるとあれば、千兵《せんぺい》にまさる今日《きよう》の味方、穴山一族の木《こ》ッ葉《ぱ》武者どもが、たとえ、幾《いく》百|幾《いく》千|騎《き》あろうとも、おそるるところはござりませぬ」
「きょうこそ、若君のおすがたを拝《はい》しうるは必定《ひつじよう》です」
「おお、さらば一刻もはやく!」
 轡《くつわ》をならべて、同時にあてた三|騎《き》の鞭《むち》! 一声《ひとこえ》高くいななき渡って、霧のあなたへ、駒《こま》も勇士もたちまち影を没《ぼつ》しさったが、まだ目指《めざ》すところまでは、いくたの嶮路《けんろ》いくすじの川、渺茫裾野《びようぼうすその》の道も幾十里かある。
 霧ははれた。そして紺碧《こんぺき》の空へ、雄大なる芙蓉峰《ふようほう》の麗姿《れいし》が、きょうはことに壮美《そうび》の極致《きよくち》にえがきだされた。
 富士は千古《せんこ》のすがた、男の子の清い魂《たましい》のすがた、大和《やまと》撫子《なでしこ》の乙女《おとめ》のすがた。——日本を象徴《しようちよう》した天地に一つの誇《ほこ》り。
 いまや、その裾野《すその》の一角にあって、咲耶子《さくやこ》がふったただ一本の笛《ふえ》の先から、震天動地《しんてんどうち》の雲はゆるぎだした。閃々《せんせん》たる稲妻《いなずま》はきらめきだした。
 雨を呼ぶか、雷《いかずち》が鳴るか、穴山《あなやま》軍勝つか、胡蝶陣《こちようじん》勝つか? 武田伊那丸《たけだいなまる》と小幡民部《こばたみんぶ》の民蔵《たみぞう》は、どんな行動をとりだすだろうか? 富士はすべて見おろしている——
 

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