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神州天馬侠60
日期:2018-11-30 18:44  点击:278
 悪入道の末路
 
    三
 
「まて民部、手荒《てあら》なことをいたすまい」
 もっともうらみ多きはずの伊那丸が、意外にもこういったので、民部も忍剣も、意外な顔をした。
 伊那丸《いなまる》はしずかに、階段《かいだん》からおりて、梅雪入道《ばいせつにゆうどう》の手をとり、宮の板縁《いたえん》へ迎えあげて、礼儀ただしてこういった。
「いかに梅雪、いまこそ迷夢《めいむ》がさめたであろう、わしのような少年ですら、甲斐源氏《かいげんじ》を興《おこ》さんものと、ひたすら心をくだいているのに、いかにとはいえ、二十四将の一人に数えられ、武田家《たけだけ》の血統《ちすじ》でもある其許《そこもと》が、あかざる慾のためにこのみにくき末路《まつろ》はなにごと。それでも甲州武士《こうしゆうぶし》かと思えば情けなさに涙がこぼれる。いざ! このうえはいさぎよく自害して、せめて最期《さいご》を清うし、末代未練《まつだいみれん》の名を残さぬようにいたすがよい」
「ええうるさいッ」梅雪はもの狂わしげに首をふって、——「余《よ》に自害《じがい》せいとぬかすか、バカなことを!」
「なんと、もがこうが、すでに天運のつきたるいま、のがれることはなるまいが」
「なろうとなるまいと、汝《なんじ》らの知ったことか。こりゃ伊那丸、縁《えん》からいえば汝の父|勝頼《かつより》の従弟《いとこ》、年からいっても長上《めうえ》にあたるこの梅雪に、刃《やいば》を向ける気か、それこそ人倫《じんりん》の大罪じゃぞ」
「それゆえにこそこのとおり、礼をただして迎え、自害をすすめ、本分をとげさせんといたすものを、さりとは未練《みれん》なことば」
「いや、もう聞く耳もたぬ」
「では、どうあっても自害せぬか」
「いうまでもない。余は汝《なんじ》らの命《めい》によって、死ぬわけがない。死ぬるのはいやだ!」
「アア、救《すく》いがたき卑劣者《ひれつもの》——」
 伊那丸《いなまる》は空をあおいで長嘆《ちようたん》してのち、
「このうえはぜひもない……」とつぶやくのを聞いた梅雪《ばいせつ》は、伊那丸の命令がくだらぬうち、先《さき》をこして、やにわに鎧《よろい》どおしをひき抜き、
「童《わつぱ》ッ! 冥途《めいど》の道づれにしてくれる」
 猛然《もうぜん》とおどりかかッて、伊那丸の胸板《むないた》へ突いていったが、ヒラリとかわして凜々《りんりん》たる一喝《いつかつ》の下《もと》。
「悪魔ッ」
 パッと足もとをはらうと見るまに、五体をうかされた梅雪は、板縁《いたえん》の上から輪《わ》をえがいて下へ落とされた。
「人非人《にんぴにん》、斬ってしまえッ!」伊那丸の命令一下に、
「はッ」
 声におうじてくりだした巽小文治《たつみこぶんじ》の朱柄《あかえ》の槍《やり》、梅雪の体が地にもつかぬうちにサッと突きあげ、ブーンと一ふりふってたたき落とした。そこをまた木隠龍太郎《こがくれりゆうたろう》の一刀に、梅雪の首は、ゴロリと前に落ちた。
「それでよし、死骸《しがい》は湖水の底へ」
 板縁に立って、伊那丸はしずかに目をふさいでいう。
 折から山県蔦之助《やまがたつたのすけ》もかけつけた。あらためて伊那丸《いなまる》に志《こころざし》をのべ、一同にも引きあわされて、一党《いつとう》のうちへ加わることになった。
 ポツリ、ポツリ、大粒《おおつぶ》の雨がこぼれてきた。空をあおげば団々《だんだん》のちぎれ雲が、南へ南へとおそろしいはやさで飛び、たちまち、灰色の湖水がピカリッ、ピカリッと走ってまわる稲妻《いなずま》のかげ。
 濛々《もうもう》たる白い幕《まく》が、はるか裾野《すその》の一角《いつかく》から近づいてくるなと見るまに、だんだんに野《の》を消し、ながき渚《なぎさ》を消し、湖水を消して、はや目の前まできた。と思う間もあらせず、ザザザザザザザアーッと盆《ぼん》をくつがえすという、文字どおりな大雨《たいう》の襲来《しゆうらい》。
 めでたく穴山梅雪《あなやまばいせつ》を討《う》ちとりはしたが、離散《りさん》して以来のつもる話もあるし、これからさきのそうだんもある折から、爽快《そうかい》なる大雨《たいう》の襲来は、ちょうどいい雨宿《あまやど》りであろうと、一同は、白旗《しらはた》の宮《みや》のあれたる拝殿《はいでん》に入り、そして伊那丸《いなまる》を中心に、しばらく四方《よも》の物語にふけっていた。

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