奇童と怪賊問答
二
「や!」
「あッ」
「なにやつ?」
あまりのことに一同は、しばらく開《あ》いた口もふさがらず、ヒョッコリ庭先にたった、面妖《めんよう》な子供をみつめるのみ。子供とはいうまでもない竹童《ちくどう》で、人見知りもせず、ニヤリと白い歯を見せた。
「やア、この人穴《ひとあな》には、ずいぶんお侍《さむらい》が大勢いるんだなあ。おじさんたちは、いったいそこでなにをしているんだい」
「バカッ」
いきなり革《かわ》足袋《たび》のままとびおりた轟又八《とどろきまたはち》、竹童《ちくどう》の襟《えり》がみをおさえて、
「こらッ、きさまは、どこの炭焼《すみや》きの餓鬼《がき》だ、またどこのすきまからこんなところへしのびこんでまいった」
「しのびこんでなんかきやしないよ、アア苦しいや、苦しいよ、おじさん……」
「ふざけたことをぬかせ、しのびこまずにこらるべきところではない」
「だっておいらは空からおりてきたんだもの、空はいきぬけだから、ツイきてしまったんだよ」
「なに、空から? ——」
人々は思わず、物騒《ぶつそう》らしい顔を空にむけた。
そして、再び奇怪なる少年の姿を見なおし、こいつ天狗《てんぐ》の化身《けしん》ではあるまいかと、舌《した》をまいた。はるかにながめた、呂宋兵衛《るそんべえ》は、
「これこれ又八《またはち》、とにかくふしぎな童《わつぱ》、おれが素性《すじよう》をただしてみるから、これへ引きずってこい」
「はッ」と、又八は、かるがると竹童をひッつるして席へあがり、呂宋兵衛のまえへかれをほうりだした。
なみいる人々は、鬼のごとき武骨者《ぶこつもの》ばかりで、あたりは大伽藍《だいがらん》のような暗殿《あんでん》である。大人《おとな》にせよ、この場合、生きたる心地はなかるべきだが、竹童《ちくどう》はケロリとして、
「ヤ、呂宋兵衛《るそんべえ》は混血児《あいのこ》だ。京都の南蛮寺《なんばんじ》にいるバテレンとそっくり……」
口にはださないがめずらしそうに目をみはったので、呂宋兵衛は、
「小僧《こぞう》ッ」とにらんで、一喝《いつかつ》あびせた。
「なんだい、おいらにゃ、竹童っていう名があるんだよ」
「だまれ、さっするところそのほうは、伊那丸《いなまる》からはなされた隠密《おんみつ》にちがいない、思うに、屋根の上にいて、ただいまの評定《ひようじよう》をぬすみ聞きしたのであろう」
「知らない知らない。おいらそんなことを知ってるもんか」
「いいや、汝《なんじ》の眼光、樵夫《きこり》や炭焼《すみや》きの小僧でないことはあきらかだ。いったい何者にたのまれてここへまいった。首の飛ばないうちにいってしまえ!」
「おいらが隠密なら、おじさんたちに、すがたなど見せるものか、おいらは、天道《てんとう》さまのまえだろうが、どこだろうが、ちっともうしろ暗いところがないから、平気さ」
「うーム、まったくそれにそういないか」
「アア。そこになるとおじさんたちはかわいそうだね、もぐらみたいに明るいところをいばって歩けない商売だから、おいらみたいな、|ちび《ヽヽ》が一ぴきとびこんでも、その通りびくびくする」
不敵な竹童《ちくどう》の面《つら》がまえを、じッとみつめていた呂宋兵衛《るそんべえ》は、ことばの糺問《きゆうもん》は無益《むえき》と知って、口をつぐみ、黙然《もくねん》と右手の人さし指をむけ、天井《てんじよう》から竹童の頭の上へ線をかいた。
「おや」
と竹童が、なにやらさわるものに手をやると、上より一すじ絹糸《きぬいと》のようなものがたれ、襟《えり》くびから手にはいまわってきたのは一ぴきの金《きん》蜘蛛《ぐも》だった。
キャッというかと思えば、竹童はニッコリ笑っていきなり、蜘蛛を鷲《わし》づかみにし、あんぐり口のなかへほおばって、ムシャムシャ噛《か》みつぶしてしまったようす。
「む、む……」と、呂宋兵衛はいよいよゆだんのない目で、かれの一挙《いつきよ》一動をみまもっていると、竹童は唇《くちびる》をつぼめて、噛《か》みためていたなかのものを、
「プッ——」と呂宋兵衛の顔を目がけて吹きつけた。
——その口からとびだしたのは、きたないかみつぶしではなくて、美しい一|羽《わ》の毒蝶《どくちよう》、ヒラヒラと毒粉《どくふん》を散らした。
「エイッ」
呂宋兵衛が扇《おうぎ》をもって打ちおとせば、蝶《ちよう》の死骸《しがい》はまえからそこにあった一|片《ぺん》の白紙に返っている。
「わかった、きさまは鞍馬山《くらまやま》の果心居士《かしんこじ》の弟子《でし》だな」
「だから、竹童という名があるといったじゃないか」
「さてこそ、ものにおどろかぬはず、しかし有名なる果心居士《かしんこじ》の弟子《でし》が、富士《ふじ》の殿堂《でんどう》と知らずに、くるわけがない、なんのご用か、あらためて聞こうではないか」
「ムム、そう尋常《じんじよう》におっしゃるなら、わたくしもお師匠《ししよう》さまから受けたお使いのしだいをすなおに話しましょう」
「では、果心先生から、この呂宋兵衛《るそんべえ》へのお使いでござるか」
「そうです。さて、お師匠さまのお伝えというのは、きょうなにげなく鞍馬《くらま》から富士のあたりをみましたところ、いちまつの殺気《さつき》が立ちのぼって、ただならぬ戦雲のきざしが歴々《れきれき》とござりました。あらふしぎ、いま天下|信長公《のぶながこう》の亡《な》きのちは、西に秀吉《ひでよし》、東に徳川《とくがわ》、北条《ほうじよう》、北国《ほつこく》に柴田《しばた》、滝川《たきがわ》、佐々《さつさ》、前田のともがらがあって、たがいに、中原《ちゆうげん》を狙《ねら》うといえども、いずれも満《まん》を持《じ》してはなたぬ今日《こんにち》、そも何者がうごめくのであろうかと、ご承知《しようち》でもござりましょうが、先生、ご秘蔵《ひぞう》の亀卜《きぼく》をカラリと投げて占《うらな》われました」
「オオ」
呂宋兵衛はもとより、なみいる猛者《もさ》どもも、この奇童《きどう》のよどみなき弁《べん》によわされてしわぶきすらたてず、ひろき殿堂は、人なきようにシーンと静まりかえってしまった。