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神州天馬侠94
日期:2018-11-30 19:06  点击:311
 死地におちた雨ケ岳
 
    一
 
 富士《ふじ》川の名物、筏舟《いかだぶね》に棹《さお》さして、鰍沢《かじかざわ》からくだる筏乗《いかだの》りのふうをよそおい、矢のように東海へさして逃げたふたりのあやしい男がある。
 海口《うみぐち》へ着くやいな、しぶきにぬれた蓑笠《みのかさ》とともに、筏をすて、浜べづたいに、蒲原《かんばら》の町へはいったすがたをみると、これぞまえの夜、鼻かけ卜斎《ぼくさい》の屋敷から遁走《とんそう》した菊池半助《きくちはんすけ》。つれているのは、そのときゆきがけの駄賃《だちん》に、かどわかしてきた泣《な》き虫《むし》の蛾次郎《がじろう》だ。
 十五、六にもなりながら、人にかどわかされるくらいな蛾次郎だから、むろん、じぶんではかどわかされたとは思っていない。バカにしんせつで、じぶんを出世《しゆつせ》さしてくれるいいおじさんにめぐりあったと心得ている。
「蛾次郎、もうここまでくれば、どんなことがあっても安心だから、かならずしんぱいしないで元気をだすがいい」
 半助がふりかえっていうと、あとから宿《しゆく》のにぎやかさに、キョロつきながら、のこのこと歩いてきた蛾次郎、すこし口をとンがらせながら、
「元気をだせったッて、元気なんかでやしねえや、お侍《さむらい》さんはよく腹がすかないねえ」
「ははア、どうもさっきからきげんがわるいと思ったら、空腹《くうふく》のために、ふくれているんだな」
「だってゆうべッから、一ッ粒もごはんを食べないんだもの、それで今朝《けさ》になっても、まだ歩いてばかりいちゃあ、いくらおれだってたまらねえや」
「まて、もうすこしのしんぼうじゃ。向田《むこうだ》ノ城《しろ》へまいれば、なんでも腹いッぱい食《く》わせてやる」
「もうだめだ、アア、もう歩けない、なにか食《た》べなくッちゃ目がまわりそうだ……」
 なれるにしたがってそろそろ尻尾《しつぽ》をだしてきた蛾次郎《がじろう》は、宿場人足《しゆくばにんそく》がよりたかって、うまそうに立ち食《ぐ》いしている餅屋《もちや》の前へくると、ぎょうさんに、腹をかかえてしゃがんでしまった。
 半助はにが笑いして、いくらかの小銭《こぜに》をだしてやった。それをもらうと、蛾次郎は人ごみをかきわけてふところいッぱい焼餅《やきもち》を買いもとめ、ムシャムシャほおばりながら歩きだした。
 間《ま》もなく、ふたりのまえに見えた向田ノ城。
 ここの砦《とりで》には、富士、庵原《いはら》、二|郡《ぐん》をまもる徳川家《とくがわけ》の松平周防守康重《まつだいらすおうのかみやすしげ》がいる。菊池半助《きくちはんすけ》は、その人に会って、じぶんが探知《たんち》した裾野《すその》の形勢《けいせい》をしさいに書面へしたため、それを浜松の本城へ、早打ちで送りとどけてもらうようにたのんだ。
 書状《しよじよう》の内容は、徳川家《とくがわけ》の領内である富士の人穴《ひとあな》を中心に、裾野《すその》一帯の無人《むじん》の広野《こうや》に、いまや、呂宋兵衛《るそんべえ》だの、伊那丸《いなまる》だの、あるいは秀吉《ひでよし》の隠密《おんみつ》、柴田勝家《しばたかついえ》の間者《かんじや》などが、跳梁《ちようりよう》して、風雲すこぶる険悪《けんあく》である。はやく、いまのうちに味方の兵をだして、それらの者を、掃滅《そうめつ》しなければ一大事で。——という意味のものであった。
 その密談のあいだに、
「ちぇッ、ばかにしてやがら」
 城内の一室で、プンプンしていたのは蛾次郎《がじろう》である。もう焼餅《やきもち》を食《た》べつくし、腹はいっぱいになったが、まさか寝ることもできず、半助はいつまでも顔を見せないし、遊ぶところはなし、文句《もんく》のやり場のないところから、ひとりでブツブツこぼしている。
「いやンなっちゃうな。どうしたんだい、あの人は、向田《むこうだ》ノ城《しろ》へいったら、なんでも好きなものはやるの、うまいものは食いほうだいだのッて、いっておいてよ、ちぇッくそ! ばかにしてやがら、うそつき! 菊池半助《きくちはんすけ》の大うそつき!」
 腹いせにわめいていると、ふいに、そこへ半助がはいってきたので、さすがの蛾次郎も、これにはすこし間《ま》が悪かったとみえて作り笑いをした。
「蛾次郎、さだめしたいくつであったろう」
「ううん、そんなでもなかったよ、だけれど、菊池さんはいままでいったいどこへいってたのさ」
「その方《ほう》をりっぱな侍《さむらい》に取り立ててやりたいと、城主周防守《じようしゆすおうのかみ》さまとそうだんしてまいったのだ。どうだ蛾次郎《がじろう》、きさまもはやくりっぱな侍になり、堂々と馬にのったり、多くの家来をかかえて、こんなお城に住んでみたくはないか」
「うふふふふふ、おれをその侍にしてくれるのかい」
 蛾次郎は、目をほそくしてうれしがった。
「きっとしてやる。が、それには、ぜひなにか一つの手柄《てがら》をあらわさなければならん」
「手柄をあらわすには、どんなことをすりゃいいんだろう」
「その方法は拙者《せつしや》がおしえてやる。しかも蛾次郎でなければできぬことがあるのだ。これ、耳をかせ……」
 と半助《はんすけ》は、なにやらひそひそささやくと、蛾次郎は目をまるくして、あたりもかまわず、
「えッ、じゃあの竹童《ちくどう》の使っている大鷲《おおわし》を、おれがぬすんでくるのかい!」
「シッ、大きな声をいたすな。——そちはたしか、あの大鷲に乗せてもらった経験があるだろう」
「ある、ある。竹童が松明《たいまつ》をくれッていったから、それを持っていって、一晩じゅう、鷲に乗せてもらったよ」
「さすれば、あの小僧《こぞう》が鷲をつないでおくところも、鷲の背に乗ることも、そちはじゅうぶんに心得ているはず——じつは近いうちに、あの辺で大きな戦《いくさ》がおきるのだ、そのさわぎに乗じて、竹童の鷲《わし》を徳川家の陣中へ乗りにげしてくれればそれでよいのだ。なんと、やさしいことではないか」
「だけれど、……もしかやりそこなうと大へんだな、竹童ッてやつ、ちびでもなかなか強いからな」
「蛾次《がじ》ッ」
 半助がこわい目をしたので、かれは、ギョッとして飛びのいた。
「いやといえばこれだぞ——」
 ギラリと脇差《わきざし》をぬいて、蛾次郎《がじろう》の鼻ッ先へつきつけた菊池半助は、また、左の手で、袂《たもと》からザラザラと小判《こばん》をつかみだして、刀と金をならべてみせた。
「おうといえば褒美《ほうび》にこれ。イヤといえば刀で首。さアどっちでもよい方《ほう》をのぞめ」

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