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神州天馬侠100
日期:2018-11-30 19:09  点击:314
 信玄の再来
 
    一
 
 さても伊那丸《いなまる》は、小袖《こそで》のうえに、黒皮《くろかわ》の胴丸具足《どうまるぐそく》をつけ、そまつな籠手脛当《こてすねあて》、黒の陣笠《じんがさ》をまぶかにかぶって、いま、馬上しずかに、雨《あま》ケ岳《たけ》をくだってくる。
 世にめぐまれたときの君《きみ》なれば、鍬《くわ》がたの兜《かぶと》に、八幡座《はちまんざ》の星をかざし、緋《ひ》おどしの鎧《よろい》、黄金《こがね》の太刀はなやかにかざるお身《み》であるものを……と、つきしたがう、民部《みんぶ》をはじめ、忍剣《にんけん》も小文治《こぶんじ》も蔦之助《つたのすけ》も、また咲耶子《さくやこ》も、ともに、馬をすすめながら、思わず、ほろりと小袖《こそで》をぬらす。
 兵は、わずかに七十人。
 みな、生きてかえる戦《いくさ》とは思わないので、張りつめた面色《めんしよく》である。決死のひとみ、ものいわぬ口を、かたくむすんで、粛々《しゆくしゆく》、歩《ほ》をそろえた。
 まもなく、梵天台《ぼんてんだい》の平《たいら》へくる。夜《よる》の帳《とばり》はふかくおりて徳川方《とくがわがた》の陣地はすでに見えなくなったが、すぐ前面の人穴城《ひとあなじよう》には、魔獣《まじゆう》の目のような、狭間《はざま》の灯《ひ》が、チラチラ見わたされた。その時、やおら、俎岩《まないたいわ》の上につっ立った軍師《ぐんし》民部《みんぶ》は、人穴城をゆびさして、
「こよいの敵は呂宋兵衛《るそんべえ》、うしろに、徳川勢《とくがわぜい》があるとてひるむな——」
 高らかに、全軍の気をひきしめて、さてまた、
「味方は小勢《こぜい》なれども、正義の戦い。弓矢八幡《ゆみやはちまん》のご加勢があるぞ。われと思わんものは、人穴城《ひとあなじよう》の一番乗りをせよや」
 同時に、きッと、馬首《ばしゆ》を陣頭にたてた伊那丸は、かれのことばをすぐうけついで、
「やよ、面々《めんめん》、戦いの勝ちは電光石火《でんこうせつか》じゃ、いまこそ、この武田伊那丸《たけだいなまる》に、そちたちの命《いのち》をくれよ」
 凜々《りんりん》たる勇姿《ゆうし》、あたりをはらった。さしも、烏合《うごう》の野武士《のぶし》たちも、このけなげさに、一|滴《てき》の涙《なみだ》を、具足《ぐそく》にぬらさぬものはない。
「おう、この君《きみ》のためならば、命《いのち》をすててもおしくはない」
 と、骨鳴《ほねな》り、肉おどらせて、勇気は、日ごろに十倍する。
 たちまち、進軍の合図《あいず》。
 さッと、民部《みんぶ》の手から二|行《ぎよう》にきれた采配《さいはい》の鳴りとともに、陣は五段にわかれ、雁行《がんこう》の形となって、闇《やみ》の裾野《すその》から、人穴城《ひとあなじよう》のまんまえへ、わき目もふらず攻めかけた。
「わーッ。わーッ……」
 にわかにあがる鬨《とき》の声《こえ》。
「かかれかかれ、命《いのち》をすてい」
 いまぞ花の散りどころと、伊那丸は、あぶみを踏んばり、鞍《くら》つぼをたたいて叫びながら、じぶんも、まっさきに陣刀をぬいて、城門まぢかく、奔馬《ほんば》を飛ばしてゆく。
 と見て、帷幕《いばく》の旗本《はたもと》は、
「それ、若君《わかぎみ》に一番乗りをとられるな」
「おん大将に死におくれたと聞えては、弓矢の恥辱《ちじよく》、天下の笑われもの」
「死ねやいまこそ、死ねやわが友」
「おお、死のうぞ方々《かたがた》」
 たがいに、いただく死の冠《かんむり》。
 えいや、えいや、かけつづく面々《めんめん》には、忍剣《にんけん》、民部《みんぶ》、蔦之助《つたのすけ》、そして、女ながらも、咲耶子《さくやこ》までが、筋金入《すじがねい》りの鉢巻《はちまき》に、鎖襦袢《くさりじゆばん》を肌《はだ》にきて、手ごろの薙刀《なぎなた》をこわきにかいこみ、父、根来小角《ねごろしようかく》のあだを、一《ひと》太刀《たち》なりと恨《うら》もうものと、猛者《もさ》のあいだに入りまじっていく姿は、勇ましくもあり、また、涙ぐましい。
 ただ、こよいのいくさに、一点のうらみは、ここに、かんじんかなめな、木隠龍太郎《こがくれりゆうたろう》のすがたを見ないことである。
 上《かみ》は大将|伊那丸《いなまる》から、下《しも》は雑兵《ぞうひよう》にいたるまで、死の冠をいただいてのこの戦いに、大事なかれのいあわせないのは、かえすがえすも遺憾《いかん》である。ああ龍太郎、かれはついに、伊那丸の前途《ぜんと》に見きりをつけ、主《しゆ》をすて、友をすて去ったであろうか。——とすれば、龍太郎もまた、武士《ぶし》の風上《かざかみ》におけない人物といわねばならぬ。

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