虎穴る鞍馬の竹童
三
果心居士《かしんこじ》の命《めい》をおびて、いつかここに使いしたことのある竹童は、そのとき、だいぶ、ようすをさぐっておいたので、城内のかっても、心得ぬいている。
おそろしい、はしッこさで、かれがねらってきたのは鉄砲火薬《てつぽうかやく》をつめこんである一棟《ひとむね》だった。見ると、戦時なので、煙硝箱《えんしようばこ》も、つみだしてあるし、庫《くら》の戸も、観音《かんのん》びらきに開《あ》いている。しかも願ったりかなったり、いまのさわぎで、武器番の手下も、あたりにいなかった。
ちょこちょこと、庫《くら》のなかへはいった竹童は、れいの松明《たいまつ》に、火をつけて、まン中におき、藁縄《わらなわ》の綱火《つなび》が火をさそうとともに、このなかの煙硝箱《えんしようばこ》が、いちじに爆発するようにしかけた。そして、ポンと、そとの扉《と》を閉《し》めるがはやいか、もときた望楼《ぼうろう》へ、息もつかずにかけあがってくる。
「ありがたい、ありがたい。これで人穴城《ひとあなじよう》の蛆虫《うじむし》どもは、間《ま》もなくいっぺんに寂滅《じやくめつ》だ。伊那丸《いなまる》さまも、およろこびなら、お師匠《ししよう》さまからも、たくさん褒《ほ》めていただかれるだろう」
望楼に立って、手をふった竹童、待たせてあるクロが飛び去っては一大事と、大いそぎで、欄間《らんま》から棟木《むなぎ》へ手をかけ、棟木から屋根の上へ、よじ登ろうとすると、
「小僧《こぞう》、待て!」
ふいに、下からグングンと、足をひッぱる者があった。
「あ! あぶない」
「降《お》りろ、神妙《しんみよう》におりてこないと、きさまのからだは、この望楼からころがり落ちていくぞ」
「あ、しまった」
竹童はおどろいた。
平地とちがって、からだは七階の櫓《やぐら》のすてッぺんにあった。棟木《むなぎ》へかけている五本の指が、命《いのち》をつっているようなもの、ひとつ力まかせに下からひっぱられたひには、たまったものではない。
「降《お》りろともうすに、降りてこないか」
「いま降りるよ、降りるから、手をはなしてくれ、でなくッちゃ、からだが自由にならないもの」
「ばかを申せ、はなせば、上へあがるんだろう」
足をつかんでいる者はゆだんがない。
竹童《ちくどう》は観念《かんねん》してしまった。
ままよ、どうにでもなれ、お師匠《ししよう》さまからいいつけられた使命は、もう十のものなら九つまでしとげたのもどうよう、呂宋兵衛《るそんべえ》の手下につかまって、首をはねられても残りおしいことはないと思った。
「じゃ、どうしろっていうんだい」
おのずから、声もことばも、大胆《だいたん》になる。
「その手をはなしてしまえ」
「手をはなせば、ここから下まで、まッさかさまだ」
「いや、おれがこう持ってやる」
下の者は背をのばして、竹童の腰帯《こしおび》をグイとつかんだ。もうどうしたってのがれッこはない、竹童は、運を天にまかせて、棟木《むなぎ》の角《かど》へかけていた手を、ヒョイとはなした。
「えいッ」
はッと思うと、竹童のからだは、望楼台《ぼうろうだい》の上へ鞠《まり》のように投げつけられていた。覚悟はしていても、こうなると最後までにげたいのが人情、かれは、むちゅうになってはね起きたが、すかさず、いまの男が、上からグンと乗しかかって、
「まだもがくか!」
と手足の急所をしめて、磐石《ばんじやく》の重みをくわえた。それをだれかと見れば、さっき、呂宋兵衛《るそんべえ》や昌仙《しようせん》とともに、ここにいた可児才蔵《かにさいぞう》である。
安土《あづち》から選ばれてきた可児才蔵とわかってみれば、なるほど、竹童が、つかまれた足を離せなかったのもむりではない。
「いたい、いたい。苦しい」
竹童も、呂宋兵衛の手下にしては、どうもすこし、手強《てごわ》いやつに捕《つか》まったとうめきをあげた。
「痛いのはあたりまえだ、うごけばうごくほど、急所がしまる」
「殺してくれ、もう死んでもいいんだ」
「いや、殺さない」
「首を斬れ」
「首も斬らぬ。いったいきさまは、どこの何者だ」
「聞くまでもないではないか、おいらはいつか、果心居士《かしんこじ》さまのお使いとなって、この城へきたことのある鞍馬山《くらまやま》の竹童《ちくどう》だ。首の斬り方をしらないなら、さッさと、呂宋兵衛《るそんべえ》の前へひいていけ」
「ウーム、鞍馬山の竹童というか」
可児才蔵《かにさいぞう》も、心中|舌《した》をまいておどろいた。
安土《あづち》の城には、じぶんの主人|福島市松《ふくしまいちまつ》をはじめ、幼名虎之助《ようめいとらのすけ》の加藤清正《かとうきよまさ》、そのほか豪勇《ごうゆう》な少年のあったことも聞いているが、まだこの竹童のごとく、軽捷《けいしよう》で、しかも大胆《だいたん》な口をきく小僧《こぞう》というものを見たことがない。