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松のや露八03
日期:2018-11-30 22:26  点击:243
 水引竹刀
 
 
「近習番頭取の土肥半蔵ときたひには、他人《ひ と》の伜《せがれ》の品行まで頭痛にやむニガ虫屋の堅蔵《かたぞう》だ。——その親父《おやじ》のまえで、吝《しみ》たれた酒など飲むのは、招《よ》ばれても、こっちで、ごめん蒙《こうむ》りたい。とにかく、同門の祝杯を、拒むという法はない」
「でも」
「何が、でもだ」
「弟の八十三郎《やそさぶろう》もいないしするから」
「八十三郎がいないから、なお、いいじゃないか。兄貴の君とはちがって、あれは、通人だぞ。なかなか、蔭《かげ》にまわって、遊《や》っとるらしい」
「そんなことはない。弟は、堅い」
「弟は堅いから、兄貴も、堅くしなければならんという理屈《りくつ》はない。それに、吉原や辰巳《たつみ》へでも、交際《つきあ》えというならとにかく、酒ぐらい飲んで、何がなんだ」
「実は、金がない」
「嘘をつけ。土肥の吝《しわ》ん坊《ぼう》が、藩では、いちばんの金持ちだといわれておる。吾々の親父も、みんな、貴公の親父から、利息金を借りているんだ。その長男たる貴様が小遣《こづか》いがないなんて云ったって、誰が、ほんとにするものか。なくても、貴様の顔さえ借りれば、どこでも、酒ぐらいは出す」
 大男の庄次郎が、水引がけの竹刀をかついで、泣きたそうに、腰を押されて行く態《さま》は、奇観だった。
 すると、
「もし、土肥さん」
 長屋門の窓から、渋沢栄一が、顔を見せて呼びとめた。
「あ、渋沢氏《うじ》」
「だいぶ、お困りらしいの」
「弱った。とめてくれ」
「とまるものですか、酒飲みが、飲もうと思い立った時は、剣法の打ちこみと、同じですよ。それに、古参の方が多勢では——」
「父がやかまし屋で」
「藩邸へ、見えられたとき、私から謝《あやま》ってあげます。お持ち合せがないようだが、これに少しばかりありますから、まあ、今日は、交際《つきあ》ってあげなさい。お父上も、同門の交際《つきあ》いまで、いかんとはおっしゃりますまい」
 武士のもつ紙入れとはちがって、うす穢《ぎたな》い財布《さいふ》だった。窓から、庄次郎の手に、ぽんと、落としてくれたのである。

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