夏去り秋来る
二
あやしげな鯛《たい》、長芋《ながいも》のお椀《わん》、こぶ巻、ご馳走《ちそう》といっても、そんな程度だが、倹約家の土肥半蔵にしては、大散財のつもりなのである。
翌晩のことだ。
長男の庄次郎が入江道場を卒業して、免許皆伝の栄誉を担《にな》ったというので、叔父の小林鉄之丞が、
「やらにゃいかんで——」
と、云うわけから、めずらしく、親類縁者を招いての、内輪の祝宴だった。
まだ健在かと思うような老人だの、紅葉《もみじ》山《やま》へご奉公して四十年にもなるという椎茸《しいたけ》たぼの叔母だの、子供の殖《ふ》えた姪《めい》だの、世帯やつれした妹夫婦だの、なんだの、一家に集まって、
「庄さんも、偉《えろ》うならしゃれたのう」
「いい跡継《あとつぎ》じゃ、半蔵殿も、お倖《しあわ》せなこッちゃで」
褒めそやしたり、
「めでたい晩じゃほどに、どなたか、謡《うた》いなされよ」
椎茸たぼが、酔って、はしゃぎ初めたり、和気藹々《あいあい》である。
父の半蔵は、自慢やら、吹聴《ふいちよう》やらで、
「わしの子にしては、庄も、まず上出来の方じゃ。免許皆伝という腕のもち主となると一ツ橋家にも、何人もおらんでのう。やがて、お召出しになろうし、わしも、藩邸で肩身がひろいぞよ、のう、鉄之丞」
「そうとも、そうとも」
叔父の小林鉄之丞も、その夜は、べろべろに酔っていた。酔わないうちは、庄次郎をつかまえて、皆伝の目録を見せろとか、賞状を見せろとか、云っていたが、そのうちに、忘れてしまって、都々逸坊扇歌《どどいつぼうせんか》の真似《ま ね》などして、皆を笑わせていた。
「そうじゃ、こう、内輪の者が集まることも、滅多にないで、今夜は、わしから半蔵に、云わにゃならぬことがある」
「なんじゃ」
「庄次郎、何歳になるの」
「当年二十七歳じゃが」
「なぜ、はよう嫁をもたせんのか、ちと、半蔵殿、量見がわるかろうぞ。二十七にもなって、遊びもせぬ、女房も娶《めと》らぬ、それじゃ、まるで片輪者じゃわ」
「ばか云わっしゃい。役付きもせぬうちから、子でも生まれたら、どう養うか」
「それ、それがわるい。吝嗇《りんしよく》というものじゃ。他人《ひ と》に貸す小金ぐらいはある土肥家の跡取り息子、女房子ぐらい、何じゃ。わしから、一同へ頼んでおくが、よい嫁はないか、あったら早速、娶《も》たせにゃいかんで」
「あるがの……よい娘が」
と、椎茸たぼが云った。
「誰?」
「石川主殿《とのも》様の娘——お照《てる》さんというたかの——書家の萩原秋巌《はぎわらしゆうがん》様の所で見かけたが、よい娘じゃ、学問がようできる」
「なるほど、石川の娘なら、くれるかも知れぬぞ、半蔵殿と同藩じゃあるしの」
そんな話もあったが、庄次郎は、いっこう気乗りがしなかった。