白い裸足
二
「人斬り健吉だ」
「泥棒か、喧嘩か、捕《つか》まったのは」
「何だか知らねえが、また、斬るぜ。——あれっ、弱い奴だ、ずるずる引っ張られて行く」
誰も、手を出さない。口だけで騒いで、往来を見送っていた。
お蔦は、追いかけて、
「その人に、罪はないのだよっ。庄さんを殺すなら、私も、殺しておくれっ」
健吉は、片手で、庄次郎の襟がみを掴《つか》みながら、
「見っともない。帰れ」
「帰らない」
眼じりは紅《あか》くつり上がっていた。
裸足《はだし》で駈けて来た娘がある。末の妹のお喜代だった。
「まあ、姉さんは」
わっと、泣いて、狂う姉を抱きしめた。
「家《うち》へ、お帰んなさいよ。往来じゃありませんか。姉さんっ、姉さんっ——」
「お離しっ」
「帰って下さい。見ッともないから。他人《ひ と》様《さま》が笑いますから」
「笑う奴は、笑え。……私は」
近所の箱丁《はこや》だの、中の妹のお里だのが、走ってきて、嫌応《いやおう》なく、連れ去った。
庄次郎は、石みたいな拳固《こぶし》に襟を噛まれながら、首を竦《すく》めて、お喜代の後ろ姿を見ていた。
お喜代に、この姿をみられないのが、幸いのように思った。心から惚れているのは、あのお喜代なのに、妻といい、情婦《おんな》といい、運の悪さを、心で喞《かこ》った。
「さ、歩けっ」
健吉は、ぐいぐいと拳《こぶし》を押す。亀の子の泳ぐように庄次郎は歩いた。
どこへ、持って行って、斬るつもりか。
橋をわたる。
築地《つきじ》河岸《が し》の原っぱが見える。
「駄目だ……」
彼は、観念した。首を斬られることが、さほど、悲しくなくなって、自分の姿が、笑いたくなってきた。
健吉が、自分の首すじへ、刃《やいば》を当てるときには、
(お喜代さんに、よろしく伝えてくれ)
それだけは、頼んでおこう。
また、ほかの不義理はとにかく、渋沢の借金だけは、事情を話して、父から返してもらうように、これも、遺言《ゆいごん》へ加えておこう。
そんなことを考えている間に、踏んで行く草が見えだした。どこかで、汐干船《しおひぶね》の馬鹿囃子《ばかばやし》が聞こえる。春風は、景気のよい馬鹿囃子のチャンギリの音《ね》をつつんで、庄次郎の首すじを吹いた。
原の中ほどまでくると、榊原健吉は、ふいに左腰をひねって、
「それへ、直れっ」
いやというほど、庄次郎の体を、たたきつけて、振り向いた。
「お待たせしたな、約束の男、連れて参った」
べつに一名の侍が、原に待っていたのである。つかつかと、大股《おおまた》に歩いてきた。いきなり土足を庄次郎の背へかけると、ぐいぐいと踏《ふ》み躙《にじ》って、
「馬鹿っ、大馬鹿者。——その面《つら》は何じゃ、その面は」
誰の足だか、庄次郎には、分らない。