日语学习网
松のや露八42
日期:2018-11-30 22:44  点击:375
 桐壺の客
 
 
 閣老の阿部伊勢守に取り入って今の財産をこしらえたのだと云われる小倉庵《おぐらあん》長次は、割烹《りようりや》の亭主だった。向島きッての宏壮《こうそう》な普請《ふしん》が出来たのも近年で、自分は、隣りに、小ぢんまりと、住んでいた。
 侠客肌《きようかくはだ》で、才気があって、江戸前で——誰にも人好きのされる肌合いが長次という人間だった。
 彼の住居《すまい》へ逃げこんだ翌日から、庄次郎は、小倉庵の帳場に坐っていた。もちろん、庄次郎の方から、事情を話して頼んだことではあろうが、長次も、そういう世話は、いたって好きな男だった。
「奴ら、四、五日この辺をうろついていたが、小倉庵にお前さんがいちゃあ、手が出せねえので、このごろは、消えて失《な》くなったらしい」
 お帳場さんの庄次郎の側《そば》へ来て、亭主の長次が、笑うのだった。
「思いがけないお世話に相成りまして」
「ははは。料理屋の帳場に、お前さんの言葉じゃイタに付かねえ。そんな固い辞儀は、よしッこさ」
「恐れ入ります」
「人助けは、あっしの道楽だ。恩のヘチマのと、義理枷《かせ》があっちゃ、面白くねえ。お前さんの身の振り方がつくなら、いつだって、黙って、出て行っておくんなさい。また、いてくれるなら、十年はおろか、一生いたって、小倉庵の屋台ぼねだ、食いつぶされる心配はありませんぜ」
「はい」
「それから、小梅村に借りていたおめえの世帯だが、若い奴を、見せにやったところが、闘鶏《と り》師《し》の仲間が来て、竈《かまど》の灰まで、きれいに、攫《さら》って行ったそうだぜ。三味線一挺《ちよう》ありゃあしねえって、若い奴が、帰って来た」
「なるほど……それは当然さもあるべきで、異存は云えぬ」
「たいそう、諦《あきら》めがいいな」
「元々、拙者が悪いので」
「そう考えりゃあ、何事も、腹は立たねえ。じゃあ、ついでに、もう一つも、諦めてしまうこったなあ」
「もう一つとおっしゃるのは」
「女。——お蔦の方だ。おめえの事情を聞いて、俺も、気になるものだから、それとなく、髪結《かみゆい》やら、河岸《か し》の者に、噂を探らせてみると、呆《あき》れた淫婦《あ ま》だ、沢村田之助に入れあげて、猿若町《さるわかちよう》がハネると、代地《だいち》の八重桐《やえぎり》へ引き入れて、いい気になっているという話だが」
「ほんとであろうか」
「誰が……」
 と、長次はそのムキな顔つきへ思わず笑って、
「どうする? ……諦めるなら綺麗《きれい》がいいし、四ツに斬《す》る気なら、つい川《かわ》下流《し も》だ、舟でも、駕《かご》でも、出してやるが」
「…………」
 庄次郎は、腕を拱《く》んで、
「そんな女じゃないが」
「ははは。甘いね、土肥さん」
「考えておきます」
「考えてみなせえ。女旱天《ひでり》の世間じゃあるめえし……。この、帳場から眺めていると、沢山来る婀娜《あだ》っぽい花の中から、今に、いいのが見つかるよ」

分享到:

顶部
11/24 14:29