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技巧的生活05
日期:2018-12-06 21:55  点击:291
    五
 
 
「銀の鞍」の入口には、「メンバーズ・オンリイ」という横文字の札が掲げられている。クラブ員以外は入店お断り、ということは、当店では勘定は高額になります、お入りの方はその覚悟でいてください、という意味と受取っておけばよい。一流店の標識であるが、スタンドバーのつもりで気易く入って、会計のとき悶着が起らぬための警告板の役目も果しているわけだ。
 したがって、客の大部分は中年以上の紳士である。
 その夜、珍しく二十八、九歳の青年が二人連れ立って入ってきた。時折あらわれる顔とみえて、女たちと馴々しく話し合っている。マダムは、その客に負担をかけぬ心づかいを示して、
「わたしたちは、おビールでもいただきましょう」
 と、グラスを運ばせた。
 嫌われている客ではない。その席から、女たちの笑い声がしばしば起った。よう子もその席にいて、軽妙な会話を愉しんでいる様子だ。ゆみ子は隣の席にいて、よう子の顔を眺めていた。その顔は、なめらかに白く、疲労をすこしも澱ませていない。小柄で細身の躯だが、その躯にはしなやかで強靱な細胞が詰っている。ときおりその小鼻が膨らんで、自信と気負いとを感じさせた。
「よう子さん、今夜わたしに送らせていただけますか」
 青年の一人が、切口上で言った。わざと切口上で言っていることを示している口調で、そのことで照れくささを誤魔化している。その口調の芯には、なまなましい願望が潜んでいることが分る。
「ええ、いいわ」
 気軽に、よう子が答えている。
「よう子さん、あなたは素晴らしい。ぼくのこれからの一年間を、あなたに捧げます」
 青年は道化た口調で言った。露骨な喜びが透けてみえたが、悪い感じではなかった。
「あら、一年だけしか捧げてくれないの」
「あなたも、いろいろお忙しいでしょうから」
「よう子さん、あなたは、ほんとうに素晴らしい……」
 もう一人の青年が、オペラ歌手の口調を真似て言った。
「よう子さん、ぼくをあなたに捧げます。ぼくを十分、養ってください」
 青年が、同じ口調であとをつづけた。
「まあ、ずうずうしい。でも、自分のことがよく分っているだけ感心だわ。だけど、どの部分を養ってあげればいいの」
「もとでをかけずに、養える部分で結構です。あなたが自前でできる部分で、結構です」
 一座に、陽気な笑い声が起った。
 しばらく経って、ゆみ子が化粧室へ行くと、鏡の前でよう子が化粧を直していた。
「おもしろい人たちね」
「若い割には、出来のいいほうだわ。ママは、息抜きになっていい、と言っているけれど……」
「一緒に帰るのでしょ」
「暇だったらね。坊やのくせに図々しいから、かならず言い寄ってくるわ」
「こわくなくって」
「こわい、だって」
 よう子は笑い声をたて、驕慢な眼になった。
「釣っておいて、十分引きつけてから、体をかわすのよ。かっかとなったままで、放っぽり出してやるのよ。今夜はどの手を使うことにしようかな」
「可哀そうだわ」
「あんた、男に騙されたんでしょう」
 よう子に、身上話をしたことはない。
「懲りないのね、今度は騙してやる番じゃないの。だいいち、ろくにお金を持たずに遊ぼうなんて、失礼だわ。別のかたちで、たっぷり税金を払わせてやらなくちゃ」
 よう子は鏡の中の顔に、眼を凝らし、長くそりかえった睫毛を人差指の腹ですうっと撫で上げた。

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