十五
よし子と向い合った仁木の叔母は、片方の手の甲を眼の前にかざし、銀色にマニキュアされた爪に視線を当てたまま、
「美喜雄ちゃんは、あなたが好きなの。そのこと、美喜雄ちゃんの口から聞きましたか」
「はい」
仁木の叔母は、はじめてよし子に眼を向けた。眼の化粧が、きつかった。しばらく黙ってよし子を眺めていたが、何気ない会話の口調で言った。
「嘘でしょう」
「え」
「嘘なのでしょう」
「嘘じゃありません」
仁木の叔母は、頸を伸ばして、笑い声をひびかせた。深い皺が首輪のように幾重にも刻まれているのが、眼に映った。よし子は、おもわず掌で自分の頸のあたりを撫でた。
「嘘じゃありませんわ」
念を押すように言うと、
「そうね、あなたは嘘つきじゃないわね。それならば、きっと美喜雄ちゃんが嘘をついているのよ」
仁木の叔母は、不意にセーターの片腕をまくり上げはじめた。白いやわらかな肉が、露わになった。その弾力をためすように、片方の指で肉をつまみ上げる。自慢の部分を愛撫する仕種だが、その肉は頼りなげに揺れた。セーターの片腕が元通りになるまで、沈黙がつづいた。ようやく、叔母が口を開いた。
「それは、美喜雄ちゃんの嘘なのよ。そのことを、あなたに教えておいてあげようとおもって」
……その話を聞かされたとき、ゆみ子は即座に言った。
「やっぱり、仁木さんの女は家の中にいたのよ」
「でもねえ、あの人は、仁木の叔母さんなのよ」
「でも、ほかに考えようがないわ」
「…………」
よし子の勢が不意に衰え、そのまま口を閉じた。
黒い布をターバンにして髪を高く上げ、スラックスをはき、爪を銀色に染めて、よし子が「銀の鞍」にあらわれたのは、それから間もなくのことである。
バーテンの木岡は顔を歪めて、
「銀座で働ける女じゃなくなったな」
と呟いた。