二十四
ゆみ子は、よう子から眼を離し、あらためて店の中を見まわした。
半透明の躯の群像である。ほとんど透明な外皮で、内側の歯車の動きがこまかく見えている躯もあり、朧ろで曖昧な磨ガラスもある。
よう子と同じくらい古くから働いているなおみ……、この女のことは明確に眼に映っている。
よう子の眼は、素早く動き、よく光る。ときには怜悧にみえ、ときには抜目なく狡そうにみえる。一方、なおみの眼は、いつも酔いを帯びたように、鈍い白い光をよどませている。どこか暢気で、気の良いところがある。したたかな計算を試みるが、どこかで運算を間違える。「銀の鞍」を自分を売り付ける舞台と心得ていて、そのことが露骨に態度にあらわれる。ひそかに振舞うだけの才覚がない。木岡の言葉のように「舞台の底に埋まっている」金鉱を掘り当てることはできず、行き当りばったりの浮気に終るが、なおみ自身その気楽さを愉しんでいるふしもある。
いまも、引締った体格のスポーツ選手の横で上機嫌になっているなおみが、ゆみ子の眼に映っている。肩まで剥き出しの二本の腕がうねうねと動き、傍の男の肩や胸に触れ、首に巻きついている。腕自体が発情した性器のようにみえる。今夜のなおみは、計算することを忘れてしまうかもしれない。
隅の席に坐っているマダム。濁ったガラスの殻で包まれている。趣味の良い地味な和服に、優雅な微笑、それが曲者である。
マダムは、なおみの行き過ぎた態度を、けっして咎めない。しかし、るみやたえ子やゆみ子には厳しい。客にたいしての馴々し過ぎる素振りは、すぐに注意を受けることになる。
「マダムは、よう子のことを知っているのだろうか」
「知らないわけがない」
ゆみ子は、自問自答をはじめる。
やがて、結論が出た。知ったとしても、その事実がマダムの商売に影響を及ぼす点は、何一つとして有りはしない。よう子と取引するのに必要な金銭はかなりの高額であろうが、支払う男にとっては驚くほどの額ではあるまい。むしろ、よう子と密室にこもることの歓びの方が大きい筈だ。
よう子の獲物にされる男たちは、「銀の鞍」の客のなかでも選ばれたものたちといえる。そして、それ以外の客たちは、なおみの受持区域といえる。そういう形で、二人の女の取引する範囲を合せると、「銀の鞍」の客層のすべてに行きわたることになる。つまり、「銀の鞍」の客のすべてが、可能性を持つことになるわけだ。
女たちのすべてが、その種の女であると、店の品格と評判が落ちる。しかし、二人くらいそういう女がまじっていることは、都合がよい。それは、客の男たちに、刺戟と活気と期待を与えることである。
おそらくマダムはそういう営業方針を立てているのだろう。二人だけ、娼婦の徽章《きしよう》を付けている女を傭っておく。
……しかし、それは果して二人だけだろうか。二人くらいが適当だということは分るが、正確に二人と定まっているわけではない。
ゆみ子は、店の中の女たちに一人一人眼を移してゆく。
るみ。
たえ子。
そして、京子、ひとみ、悦子、雪子、三千代、なな子、れい子。
マダムを除き、ゆみ子自身を含めて「銀の鞍」には十二人の女たちがいる。女たちは、ゆみ子の眼に半透明の躯で映ってくる。よう子となおみのように、はっきりした徽章を、ゆみ子は見付けることはできない。しかし、そういう徽章を見付け出す眼を向けると、すべて女たちの半透明の躯の中に曖昧なものが動く。
ゆみ子は、前の夜、掌に置かれた紙幣の焼け付く感触をなまなましく思い浮べた。