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贋食物誌08
日期:2018-12-08 21:58  点击:228
     8 うどん㈪
 
 
 やはり、その夜は坂の上のソバ屋で、鍋焼うどんを食べていたほうがよかったのだ。行く先々で、ロクなことが起らない。まず最初の店で、私が被害者となった。もっとも、これは誰が悪いというわけでもなく、ことの成行きで、要するにツイていないわけだ。
 精しいことは書かない。イワセはその按配をみて、椅子にふんぞり返って、私にたいしその見解を述べるのである。
「時代は変りました。もうヨシユキさんの芸は、銀座では通用しないのです」
 まったく生意気な男だが、憎めない。芸というのは、歌をうたったり手品をしてみせることではなく、要するに女の子を扱う手口を指している。店にはいろいろ気風があって、たしかに通用しなくなった傾向があるが、まだその気になれば「芸の力をみせる」ことのできる店もある。
 この店で、代議士の山口敏夫と偶然会った。政治家・実業家とのつき合いは一切ないが、この人物とだけは交際がある。
 一緒に、次の店へ行く。イワセにとって、三、四年ぶりの店らしく、顔見知りの女性もいない。「この男は、いまベストセラーを連続的に出している一種天才的な人物である」と、ヤマグチが説明している。色眼鏡をかけたいかがわしい風体で、外国旅行をすると麻薬運搬人かなにかに間違えられて、税関の検査にかならず手間取るという男なので、説明するのに手数がかかる。イワセのとなりに坐った女の子が、
「あら、そうなの。でも、どんな本を出してらっしゃるの」
「怪物商法」
 イワセは、ふんぞり返って答える。
「知らない」
「では、ユダヤの商法」
「知りません」
 しだいに肩がすぼまってきて、最後の切札を出した。
「では、では、ハウ・ツウ・セックス、だ」
「知らないわ」
 彼は、感情の起伏のはげしい男で、たちまちナサケナイ風貌姿勢になってしまった。
※[#歌記号]うしろ姿もさびしくて……、というような流行歌があるかどうか知らないが、そういう歌詞をつくってやりたいような按配になった。
 こういう店で、イワセのツケがきくかどうか。しかし、約束は約束であるから勘定はイワセなので、名刺を出してあとから請求してもらう段取りになった。
 しかし、こういう按配では、名刺が通用するかどうか、疑わしい。
「おい、名刺の裏書きをしてやろうか」
 と、からかってみた。『この男あやしいものではありません。万一支払不能の場合は、小生責任をもちます』というような文字を書くわけである。私がそういうと、さすがにイワセはいいセンスをもっていて、笑い出し、
「名刺の裏書き、というのはいいですなあ。随筆が書けますね」
 というので、こうやって書いている。
 結局、その夜は、
「どうやらずいぶんご馳走になったみたいだが、さっぱりそういう感じがないな。酷使されたあげく、日当ももらわずに帰る、というような気分だよ」
 と私が言って、散会になった。岩瀬順三は、甚だ不機嫌である。
 やはり、鍋焼うどんを食べていればよかったのだ。

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