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贋食物誌13
日期:2018-12-08 22:00  点击:274
     13 筍(たけのこ)㈰
 
 
 アレルギーというのは、このごろ公害病の一つと言われて、耳馴れた言葉になってきた。私はもう何十年もその症状に苦しめられていて、昔は「アレルギー」といっても意味が分かってもらえなかった。このごろは、その点便利になってきた。
 もっとも、正確な意味は私自身何度頭に入れてみても、忘れてしまう。ただ、漠然と、そういう病気がある、とおもっている人が多いことだろう。
 私たち古い患者は、アレルギーとは「病気」ではなくて「症状」なのだ、と教えられてきた。まだ原因が不明なので、「症状」はたしかに現れているが、「病気」という言い方はできない、ということだった。
 自分のからだ具合がわるいことを説明する場合、便利になってきたのだが、一方せっかくのものが安っぽくなってしまったような気分も起ってきた。
 先年、あるドクターとアレルギーの薬について、ラジオで対談したとき、
「あなたのは、アトピー性でしょう」
 と、その先生が言う。アトピー性というのは、先天的体質によるものを指す。
「そうかどうか、簡単に分かる方法があるから、ちょっと腕を出してごらんなさい」
 腕を出すと、マッチ棒の軸の四角い方で内側の皮膚をこすって、一本の線をつけた。
「ふつうの人なら、この線が間もなく赤く脹《は》れます。ところがアトピー性の人の場合、青黒くなります」
 なるほど、その線が青黒い色になってきた。それが、三年ほど前のことである。その後、しだいに「アレルギー」の流行期に入ってきて、まるでカルダンがデザインしたスカーフかなにかを見せびらかすように、
「あたし、アレルギーで……」
 という女に、何人も会った。一九七二年は一年間、大アレルギーで寝こんでしまい、そういう言葉を聞いてもただ黙ってウナズクだけの気力しかなかった。
 今年になって、上手な治療を受けたので、ずい分元気になってきた。そのころ、またしても、
「アレルギーなの」
 という女が現れたので、私は気分を害し、
「アレルギーと心やすく言うが、これにもいろいろ……、ちょっと腕を出してごらんなさい」
 と、その女の皮膚をエンピツの尻で乱暴に引掻《ひつか》いてやった。
 はたして、赤く脹れた一本の線ができた。
「こういう按配《あんばい》に赤く脹れるのは、まだ始末がいいんだ。それにくらべて、この吾輩なんぞは」
 と、腕まくりして、ゆっくりと痛くないように線をつける。
 ところが、なかなか希望の色に変ってこない。
「この線が、ほら、よく見ていてごらんなさい。いまに、青黒くなる……」
「はてな」
 と言っているうちに、その線が赤く脹れはじめた。
「ありゃりゃ」
 と言うと、同席していた男が笑い出した。
 落語に「ガマの油売り」の噺《はなし》があって、内容は説明するまでもないだろうが、それをおもい出した(この連想については書かなくてもいいことなのだが、もしイラストの山藤のヤローの頭にも、この連想が起ったとすると、どんなヒドイ絵を描くか分からないので、付け加えておいた)。
 それでは体質が変ったのか、といえばそうでもないらしく、いまボールペンの尻で線をつけてみると、いつまでも白いままだ。

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