20 フルーツ
ときおり、未知の読者からの便りがくるが、なかに面白いのも混っている。本日一枚のハガキが届いたので、名前は出さずに引用させてもらう。女名前であるが、高校一年生くらいであろうか。
『この間土曜日にNHKでやっている日本なんとかという番組で「堀部安兵衛」の解説をやっておられた先生を拝見しました。せびろを着てネクタイをきちんと締めて偉そうでした。しかし私はなんとなくおもしろかったという感じでした。すみません。なんか私は、自分でJ・ヨシユキという作家のイメージをつくりあげてしまっているようです。
ところで「ミッチャンミチミチウンコシテカミガナイカラテデフイテモッタイナイカラナメチャッタ」というのをごぞんじでしょうか。先生は下がかった話がおきらいではないと、遠藤先生が書いておられたので、失礼にあたる、あまりに下品すぎるとも思いつつも、書かしていただきます。この「ミチミチ」という部分ですが、私は小さいときから、そのなんといおうか、出る状態のときの擬音法だとばかりおもっておって信じてうたがおうともしなかったのですが、先日なんのひょうしかに、これが話題にのぼって(吉行註・トイレットペーパー不足についての話からであろうと推察する)、友人はみんなミッチャンが道道《ヽヽ》やったのだというのです。私もなるほどとおもいました。しかし私としては、小さいときからの解釈の方がおもしろいと思います』
本人の言うように、あまり上品な内容ではないが、きたならしくない書き方が、よろしい。
たしかに、思いちがいというのは、おもしろいものだ。前後の文句を忘れたが、
「薄霞《うすがす》む」
という言葉の入っている歌がある。
これを、「臼が棲《す》む」と、信じこんでいた人がいる。
私もひどい思い違いをしていたことがある。「ウルワシ」というキャバレーがあるが、あの店は戦争中からあって、御茶ノ水と神田のあいだの高いところを走っている電車の窓から眺めると、その看板が見えた。
当時は、軍隊のヒコーキは荒鷲《あらわし》と呼ばれていて、※[#歌記号]ブンブン荒鷲、ブンと飛ぶぞ、というような歌も流行していた。
「ウルワシ」は、その「アラワシ」の親戚《しんせき》のようなものだ、と私はおもいこんだ。具体的に、どんな鷲なのかは、考えたことがなかった。
以来、二十五年ほど経ったある日、不意にあの「ウルワシ」は「麗《うるわ》し」であろう、と悟った。
こんなに長いあいだ気付かなかったことに、自分でも驚いた。
キャバレーといえば、金がないころポケットの金を頭の中で計算しながら飲んでいるとき、
「フルーツを取りましょうか」
と女の子にいわれると、顔青ざめてあわてて断わったものだ。キャバレーでフルーツの皿が出てくると、勘定がひどく高くなる。
先日、パーティに出席していると、接待役の女の子(だいたい銀座のバーから出張している)が、「なにか食べるものを持ってきましょうか」というので、首を横に振った。
「フルーツでも」
「フルーツは高価《たか》いからダメ」
と、断わった。
もちろんパーティでの飲食物は無料だから、これは冗談を言ったわけだが、その底に悪い記憶がからんでいることも事実である。
フルーツとは、酒場においては「果物」の訳語だけではない。