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贋食物誌32
日期:2018-12-08 22:08  点击:321
     32 鮒(ふな)
 
 
 ある日、吉村平吉さんが一升|瓶《びん》をさげて、はるばる浅草から訪れてきた。吉村さんは通称|平《へい》さんといい、二十年近い知り合いである。
 野坂昭如とも平さんは親しいつき合いで、ノサカの傑作「エロ事師たち」を題名に借用して、「実説・エロ事師たち」を昨年出版した。
 この本が日活ロマンポルノの原作となって、主人公のポンヒキに扮《ふん》した殿山泰司さんが絶妙だというので、観に行こうとおもっている。
 吉村さんは「週刊サンケイ」にエッセイを連載中であるし、ご存知の方も多いだろう。ワセダを出て放蕩《ほうとう》しているうちに、一つには金がなくなり、一つには買う側より逆の立場のほうが面白そうだとポンヒキ稼業に入った(目下休業中)という人物である。
 私の家に入ってくるとすぐに、
「となりに神社がありますな、あれはなんというお社《やしろ》ですか」
「知りませんなあ」
 近所に有名な美術館があるが、この土地に移って六年のあいだ近付いたことがない。
 絵画館だったらすぐ出かけるのだが、コットウの類が陳列されているらしいので、一向に興味のない私は足が向かない。
「いま、しばらく眺めてきましたがね、あれはなかなか良い神社ですよ」
「ははあ」
「わたしは、神社やお寺の建物に昔から興味がありましてね。神社仏閣評論家、というのはどうでしょう」
 いろいろ評論家も出て、「皇室評論家」から「銀座評論家」という肩書きまで見たことがあるが、それはまだ出ていない。
「そうねえ、あまり売れそうにもありませんなあ」
 と返事した。
 あとでよく考えてみると、テレビなどでしばしば出演の機会があるかもしれないし、写真をたくさん使って、
『吉村平吉著・日本の神社仏閣』
 という本をつくれば、案外ベストセラーになるかもしれない。
 吉村さんは、私より少し年上か。白髪まじりの頭も品がよく、昔から好色な感じがすこしもしない。知り合ってずいぶん経ってから、なかなかの色好みと知って驚いたことがある。
 そういえば、平さんとワイダンをした記憶がない。その日も、高雅なる会話ではじまった。平さんは、一升瓶のほかに平たい包みを持っていて、
「これは日本橋のしかるべき店のツクダニです」
「ツクダニなら、いまとても良いのがあります。きのう、速達で送ってきた」
「速達のツクダニですかあ。送り主は、はっきりしているんでしょうな」
 ツクダニの類には、あまり興味がないのだが、このフナのツクダニはやや辛口で、じつに旨い。
「うーん、このベトつかない焼き方は、大したもんですな。よほど丁寧な仕事ですね」
「ツクダニづくりが趣味の人の作品かもしれない」
「どこの店ですか」
「千住」
「千住の鮒、ですか。こいつはいいな」
「王子の狐」という落語があるが、「千住の鮒」というのもたしかに感じがある。それにしても、「ツクダニ評論家」というのは、まだ現れていない。

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