43 鰺(あじ)
パチンコ台の前に立って玉を弾いていると、肩を叩かれた。振り向くと、旧友の村島健一が小学生の息子を連れて立っていた。
「アジの干物のいいのが手に入ったんでね、いま君の家へ行ったらここだというんで、ちょっと覗《のぞ》いてみた。アジは君の家に置いといたから、そのままつづけてくれ」
といってくれたが、疲れてきて丁度切り上げどきだとおもっていた。
三百個ほどだったが玉を息子にプレゼントして、景品に替えるように言った。
喫茶店でコーヒーを飲んで、雑談したのだが、親子で大小の自転車に乗ってきている。
このところムラシマは心臓神経症に悩んでいると聞いていたので、
「自転車はよくないだろう」
「良いわけはないだろうな」
と、笑っている。
「二十分くらいかかったか」
「いやいや、とっても。一時間くらいだったな」
よく聞いてみると、遠まわりの道を走っているので、近道を説明して別れた。
家に帰って、そのアジの干物を焼いて食べると、旨かった。アジとかカマスの干物で旨いものは、醤油をかけずに食べることができる。そこが、うまいまずいがおのずから分かる点である。
また、ある日パチンコをしていると、うしろから声をかけられた。振り向いてみると、知り合いの青年O君が立っている。
このときも切り上げどきとおもっていたので、近くのソバ屋へ行ってビールを飲みながら雑談した。
O君はおもしろい男で、以前はサックのセールスマンをしていた。といっても、私の家にセールスにきて知り合ったわけではない。
そのうち、その商売にもイヤ気がさしたらしく、
「今度は、バキューム・カーの運転手をやろうか、とおもってます」
と、かなり本気で言い出した。
「それも、おもしろいだろう。若いころは、いろいろやっておいたほうがよろしい。おれがいまでも残念におもっているのは、二十代にバーテンダーをやっておかなかったことだ」
二十代の私は、僅かの額の住民税が払えなくて、税務署がしばしば差しおさえにやってくるような生活をしていたので、バーテンの仕事を経験していたとしてもフシギではなかったのだ。
O君が話をつづける。
「バキューム・カーのホースで、これまで売ったサックを今度は吸い上げてやろうとおもってるんです」
おもしろい冗談だが、その転職についてはかなり本気なのだ。
ところが、どういう経緯か知らないが、一転してO君は宝石屋になった。しかも、成功してしまって、だいぶ余裕ができた、という。
日によって、私は健康不健康の落差がはげしいので、知り合いといえども突然訪問されると甚だ不機嫌になる場合がある。
O君も、一度運のわるい不意の訪問をして以来、心得ていてくれるので好都合である。
昨年の私の誕生日には、鉢植えの花を黙って置いて帰っていった。
誕生日というものに私はまったく無関心であるが、その花は野バラというのだったろうか、野趣があってよいものだった。