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贋食物誌49
日期:2018-12-08 22:21  点击:340
     49 ラムネ㈰
 
 
 子供のころ病気すると、サイダーかラムネを飲ませてもらえる。もっと症状が悪いと、アイスクリームを、電車で一駅向うの神楽坂《かぐらざか》から買ってきてもらえる。マホウ瓶《びん》をもって、その中に詰めて使いの人が帰ってくるのを待ち兼ねている。
 神楽坂にある店のアイスクリームは、黄色味の濃いものでスプーンがサクッと入る。たいへん美味であったが、この店が品切れだと、近くにある別の店のものを買ってくることになる。これも上等の品なのだが、白くて粘っこく、スプーンがじわっと入ってゆく。この方は、私の好みに合わず、
「黄か、白か」
 とマホウ瓶が帰ってくるのを、期待と不安のうちに待っていた。
 白のほうだと落胆して、近くの市場で売っているモナカアイスという安物のほうがはるかによかった、とおもう。
 こういう点、子供のくせに、好みにはなかなかウルサかった。
 ラムネかサイダーか、ということになると、私はラムネのほうが好きだった。ラムネはレモネードが訛《なま》ったものといわれているが、中身も日本風に訛っている。
 粗悪な厚手のガラスの中にあちこち気泡が混っていて、頸《くび》の左右に深い窪《くぼ》みのある緑色の瓶のかたちが、まず好みに合う。
 それに、栓についてのあの素晴らしい発明。液体から出るガスが、まるいガラス玉を押し上げて、瓶の頸の窪みのところにキッチリ嵌《はま》ってしまう。
 駄菓子屋の店先にある長方形の木の箱の中に、横たわって水に浸っている形にも、風情がある。栓を抜くための木製の器具は、古びて鼠いろになっているのが大部分で、円筒形の木材の片側を深くくり抜いて奥のほうに出ベソのような形が残してある。
 この器具をラムネの瓶の口のところにかぶせて力を加えると、その出ベソの部分がラムネ玉を押し下げて、栓が開くことになる。
 その栓抜きは大きいものではないが、複雑な形をしているわけで、これがなければラムネの玉を抜くことはできないという気分になる。ところが成長してから、これが錯覚であることに気付いた。
 親指の腹を瓶の口に当てがって、ぐっと押し下げると、ポンと音がして栓が開く。コツのようなものがないわけではなく、一瞬の気合いが必要だが、とにかく開く。栓抜きがなければ開かないと思いこみがちなのだが、これは私の発見である。
 ラムネは戦後長いあいだ、影をひそめていた。二十年ほど経って、復活ムードが出てきたとき、ラムネも復活してきた。ただし、しかるべきメーカーの製品なので、中身はサイダーに近い。あれは、零細企業が酒石酸をたくさん使ってつくり、侘《わび》しいような味といくぶんの不潔感のあるところがよいわけで、瓶のかたちだけ昔のラムネでは面白味がない。
 五年ほど前、田中小実昌の出版記念会が浅草ロック座を借切って開かれた。このときには、いろいろ趣向があって、女子学生が売り子に扮し、
「えー、おせんにキャラメル、アンパンにノシイカ」
 と、場内を売り歩いた。
 それらの古風な食品に、ラムネもまじっていた。私はラムネをもらい、指でポンとあけてみせると、
「わあ! カッコいい」
 と、梶山季之だったか、女の子だったかに言われた。もっとも、梶山にいわれたのと女の子とでは、大へんな違いであるが。

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