日语学习网
贋食物誌88
日期:2018-12-08 22:48  点击:313
     88 アルコール㈪
 
 
 体具合が直りはじめてきたころ、嬉しがってアルコール飲料を胃に入れはじめたが、しばらくは酒とビールとブドウ酒しか体が受けつけなかった。
 それまでは一番具合のよかったウイスキーが、駄目になった。水割り一、二杯で、深いところへ引き込まれそうな気分に襲われたり、店を出て歩きはじめると、「空踏《からぶ》み」してよろめく。
 半年経って、ようやくウイスキーでも平気になり、さらに半年経つと今度はブドウ酒が苦手になってきた。肉体面で、いつまでも悪く酔う。
 やはり、日本人には体質的にブドウ酒は合わないのじゃあるまいか、とおもっていると、ある医学とは無縁の人が、「血液が酸性になると、ゼンソクは起らない」という耳新しい意見を述べた。
 アルコール飲料のなかで、血液をアルカリ性にする唯一のものが、ブドウ酒である。血液をアルカリ性に保つのが、健康法というのはほぼ常識になっているので、その意見は奇異にひびいた。
 ブドウ酒とウイスキーのチャンポンでひどい二日酔いになって寝ているとき、佐野洋から電話があった。ことのついでに、
「チャンポンは、本当はなんの害もないという説もあるが、オレは今日は頭が痛い」
 と、訴えると、
「いま考えついたんだが、ブドウ酒はアルカリ性飲料で、ウイスキーは酸性である。したがって、血液の中でアルカリと酸がケンカをするので、体がふらふらになるのではあるまいか」
 と、さすがはトリック重視の推理作家らしい意見を述べて、私は感心した。
 間もなく、アレルギー研究の権威に会う機会があったので、酸性血液とゼンソクとの関係を質問してみた。一笑に付せられるか、とおもっていたのだが、
「酸性の人には、ゼンソクは起りにくい、という事実はあります。しかし、食べ物で血液がアルカリ性になったから、ゼンソクが起るとまでは、ちょっと考えられません」
 という回答を受けた。サノの意見については質問しなかったが、たずねてみたら案外医学に新風を送る因になったかもしれない。
 私自身は以来サノの奇説を信じて、チャンポンを避けている。酒とウイスキーにしても、片方は細胞の中に籠《こも》ろうとし、もう一方は速く通過しようとする、そこで体内での戦争が起って、そのたたかいを抱えこんだ体が疲労|困憊《こんぱい》するという説を、私も立ててみた。
 各国の料理は、それぞれの国特産の酒が合うというのが私の持論である。中国料理のときは老酒、フランス料理のときはブドウ酒、フランクフルトソーセージと酢キャベツなどにはビール、アルコールだけ飲むときはウイスキーときめていた。
 しかし、以来たとえばレンガ屋などで対談の仕事のあるときには、
「申しわけないが、しばらくウイスキーにする」
 といって、水割りで料理を食べ、そのままバーでウイスキーを飲む。こうしはじめてから、ひどい二日酔いにはならないで済んでいる。
 もっとも、山口瞳が『たとえばフランス料理の店でウイスキーを飲んでいる様子は、何か騒々しい感じがする。「舞踏会の手帖」という映画に突如としてジョン・ウエインが出てきたような気がする』と、述べている。この言い方はまったくうまいし、私も同感なので困るのだが、当分この手口で通すことにしている。

分享到:

顶部
11/30 06:52