こわい先生たち
藝は、結局のところ、自得すべきものであって、教えたり、教えられたりすることのできないものである。
いわゆる近代的、科学的方法が、藝の習練にもとり入れられて、成果をあげていることは事実だが、藝のいちばん大事な部分は、依然として、自得する以外に、手はない。合理的、専門的訓練をうければ、だれでも名人上手になれるとは限らないのである。
筋のよしあしということも、むろんあるが、習練にたいする心構え、自得するための工夫が、大事である。この大事のために、藝の指導者である先生たちは、しばしば、古代スパルタ人の方式を採用する。合理的な「頭の野球」にも、猛訓練は欠かせないのと、同じ理屈である。
役者にとって、こわい先生は、芝居では演出家、映画では監督である。
「どうもきみの歩き方はへんだね。舞台の端から端まで百ぺん歩いてごらん。その間、他の人は休憩!」
「ほら、その顔が、嘘なんだ。もう一ぺん。まだ、嘘だ。もう一ぺん。なお、ひどい。もう一ぺん」
「なんだい、その腰のおろし方は! 一体何年役者をやってるんだ!」
「これ以上できません? 冗談じゃない、そんなことが言えるほど、出来あがった役者ですか、あんたは!」
まったく、書いていて溜息が出るほどだが、こういうすさまじいシート・ノックのおかげで、ファイン・プレーも生れるのである。
映画のX監督は、こわいことにかけては、定評がある。X氏の作品に出て、泣かなかった女優さんは、一人もいないという伝説があるくらいだから、そのきびしさは推して知るべしである。一と昔前、はじめて氏の作品に出た時、私も、氏の定評ある演技指導のきびしさを、骨身に沁みて味わった。
ある日、私は、猛烈に叱られた。役の感情が、ちっとも出ていないというのである。言われることは、一々もっともで、そのつもりでやっているのに、出来ないのだから、我ながら情けない。何べんやっても、出来ない。私は、じつに長々と叱られた。
その内に、X監督の顔が、だんだん青ざめてきた。これは、危険な前兆である。果して、止《とど》めの一言は、肺腑をつらぬくすさまじい罵声であった。
「要するにあんたは、へたなんだ!」
X監督はこわい眼でじっと私をにらんだ。そして、吐きだすように付け加えた。
「よく言えば!」
——その後、私は叱られなくなった。べつに、私がうまくなったからではなく、年と共にX氏も円熟の境地に達したのだろう、と思っていたら、先日、久しぶりにX氏の大爆発を見た(なんだか、浅間山みたいだが)
「どのせりふもみんな同じじゃないか、きみの言い方は! 一体きみは台本を読んできたのか! きみは書いてある字をただしゃべるだけの機械だよ! やさしく言えば、大根役者だ!」
叱られたのは私ではない。若い新人俳優である。しかし私は、唇をかんでX氏の言葉を聴いている青年に、私自身の(一と昔前の、ではなく、現在の)姿を感じ、身のすくむような思いがした。
X氏とは反対に、静かで、こわい先生に、芝居の演出家のZ氏がある。
口数のすくない演出、というよりも、ほとんど無口の演出である。よくあれで芝居がまとまるものだと感心するほど、無口である。ただ黙って、微笑しながら、稽古を見ている。
何も言われないと、役者は不安になる。いいのか、わるいのか、どこが気に入らないのか、気に入っているのか、さっぱり分らない。そこで、役者たちの方から、稽古の合間に、入れかわり立ちかわり、Z氏のところへ意見をもとめにゆく。
「先生、いまの幕、どうでしょうか?」
Z氏は、首を傾けたまま、黙っている。三十秒ぐらい経ったところで、微笑しながら、やっと答える。
「どうでしょうね?」
きいた役者は、呆然とする。別の役者が訊く。
「ぼく、せりふを少し、怒鳴りすぎていないでしょうか?」
Z氏は、ふたたび三十秒間沈黙し、微笑しながら答える。
「むずかしい」
まるで、禅問答である。三番目が質問する。
「先生、ぼくの役は大体今の線で行っていいですか?」
Z氏の眼が光る。三十秒の沈黙の後、氏は、やはり微笑しながら答える。
「ぜんぜん、違っています」
大体この線でいい、などという考え方は、Z氏には通用しないのである。藝の自得を役者に求めることにおいて、これほど徹底した、こわい演出はない。
X氏とZ氏は、こわい先生の双璧だが、むろん、こわい先生たちは、他にもたくさんいる。そして、こわい先生というものは、いくら大勢いても、多すぎるということはないのである。
——セミコータリー——