父と戯曲
父は殆ど戯曲を書かなかった。まったく、と言ってもよいかも知れぬ。全集に収められている作品中、戯曲の体裁を備えているものは「青年と死」「三つの宝」「二人小町」の三篇にすぎない。それも、正確にいえば、戯曲の形式を借りた話、あるいは読む戯曲《ピエエス・ア・リイル》であって、真の戯曲ではないように思われる。
しかし、日記や感想などを読むと、父にも、もっと本格的な戯曲を書く意志が全然ないわけではなかったように思われる。全集に断片として収められている「織田信長と黒ん坊」や現代生活の数場面は、その試みの跡を、というより寧ろ、試みの失敗の跡を、示しているのであろう。「歯車」の中にも、松林の中に焼いた未完成の戯曲のあったことが語られている。
断片といえば、いろいろの理由から(殆どは余りに短かすぎるために)全集に入っていない断片原稿が少しあるが、そのなかに「SPHINX 喜劇」と題された戯曲がある。——エジプトの若い王が倦怠のあまり女のスフィンクスを造る事を思い立つ。彼はモデルを求めるために、変装して町へ赴く。そして葡萄畑で一人の美しい少女に会う。彼女は旅から帰る許婚者を待っているのだが、話しているうちに、若い王は彼女を愛しはじめる。日暮れ、あやしげな家で歌妓達と一緒に憩っている王の許に、少女の自殺の報が齎《もたら》される。——原稿はそこで断《き》れている。書かれた年代は分らない。
しかし、たとえばこのようにして、父の戯曲はいつも失敗に終ったのではないだろうか。喜劇を書いているうちにだんだんそれが悲劇になってゆくという風に、宿命が美を壊すという風に。
現実あるいは対象へ向う作家の精神は、戯曲にあっては、それの独自な法則によって支えられていなければならない。小説は、たとえばそれを書いている作家の苦しみをさえ生かすことが出来るが、戯曲は、その内的な法則、時間的空間的拘束の中に置かれた人間の心理的姿勢とその変化とが描き出す律動(それこそ劇なのだが)の一貫によってのみ存在する。人物の性格も行動も、寧ろそこから生れてくるといってもよい位である。真の戯曲と読む戯曲とがここで分れる。
また戯曲のこの厳格さは、あるいは不自由さは、当然、作家の心情のきまぐれな転換や思いがけぬ発展を許さない。書いているうちに作者にとってさえ意外な人物が前面に現われてきてその作品の主人公になってしまうというような事情は、小説にのみ起り得る。そういう時、戯曲は、壊れる。壊れなければ、それは悪い戯曲になるだろう。
そして劇は、詩と同様に、散文の中にも生きることが出来るが、散文的なものを容れる余地をもたない。優れて劇的な小説を幾つか書いている父が、戯曲に失敗したのは、不思議ではない。父には恐らく、戯曲の方法を手に入れる前に、しなければならないことがあったのである。
——一九四七年一二月 新思潮——