淀君火傷
TBSの日立劇場で「淀君開花」をみた。文学座のユニット出演である。
若き淀君を演じるのは、岸田今日子で、この配役は成功であった。冷たいような、熱いような、知的とも官能的ともみえる彼女の持ち前の表情は、クローズアップになると一段と魅力をました。
見ているうちに、ハッとする場面があらわれた。
といっても、格別、めざましいことが起ったわけではない。
意中の人、木村常陸介を呼びにやった後、淀君が香をたく。香炉がクローズアップになる。淀君の手があらわれ、しずかに蓋をとって、傍らにおく。その蓋をおいた後の手先が、異様にふるえたのである。
熱いッと、思わず私は声を出しそうになり、ふと、演技だったのかなと思い、すぐまた、いやそんなはずはない、と思い返した。
画面では淀君が、あいかわらず、冷たいような熱いような顔をして(洒落ではない)静かに常陸介と相対している。えらいぞ、今日子、と私はひそかに声援をおくった。
ドラマが終ると、私はさっそくテレビ局へ電話をかけ、演出の松浦竹夫に様子をきいた。
「今日子ちゃん、大丈夫かい?」
「わかりましたか。あれはね……」
やっぱり、火傷であった。
リハーサルの時からずっと、香炉によくおこった炭火が入っていたために、金属製の蓋がすっかり焼けて、熱くなっていたのである。
意中の人を待つために、ひとり静かにたく香では、まさか蓋を放り出すわけにはゆかず、淀君は、さぞ熱かったことだろう。
小道具おそるべし。あなどるべからず。
——一九六〇年三月 東京新聞——