同窓会
同窓会というと、小学校の、中学校の、高校や大学のと、いろいろあるが、いちばん同窓会という言葉にぴったりする気分をもっているのは、小学校の同窓会だろう。中学生以上になると、同じ窓、同じ教室という具合にはなかなか行かなくなる。かりに一級四十人とすると、一つ校舎、一つ運動場が、四十の校舎、四十の運動場になってしまう。
小学校でも上級になると、そろそろその兆があらわれてくるが、何といっても小学生は子供で、小鳥のように群がって、みんなで一つの魂を呼吸しながら、さえずったり、はばたいたりしているようなところがあるから、声をそろえて「ハナ、ハト、マメ、マス」を唱え、「春の小川はさらさら流る」を歌い、六年間いっしょに暮した仲間というものは、なつかしいような、照れくさいような、めずらしいような、馬鹿らしいような、気ごころの知れたような、まるで見当がつかなくなったような、一種独特の気分を抱きあっているもので、それこそ同窓会というものなのである。
私の小学校の同窓会も、いまだにつづいている。今年は卒業三十五周年にあたる。
毎年、一回か二回集まっている内に、顔を見せなくなる人がある。学校や勤めの関係で地方へ行ったり、結婚して田舎へ引込んでしまったりするからだ。二、三年して、またひょっこり顔を見せると、その変りようにびっくりすることがある。中学生の時には、ちびで、低い方から何番目、というような男が、地方の高等学校へ行って、帰って来たら、雲つくような大男になり、「やあ、しばらく」と上から見おろしたりする。
その反対もある。女学校を出ると、すぐ結婚して大阪へ行ったきり、絶えて姿を見せなかった女性が、二十何年ぶりに出席した。
「あら、めずらしい、沼田さん」
「うそよ、この前も来たわよ、ね、沼田さん」
全然、変っていないのである。昨日別れて、そのままというような感じなのだ。
幼な顔の残っている者もあれば、歳月の波に洗われて面変りした者もあり、卒業三十五年ともなると、毎年一回、顔を合わせているから見当のつくようなものの、さもなければ往来ですれちがってもそれとは気のつきかねる同士もある。
「ちょっと、珍しい人連れて来たわよ」
「こんにちは、照れるわね、卒業以来はじめてなんだから」
「(小声)おい、誰だい、あいつ?」
「(小声)分らねえ」
「まあ、桂さん! でしょう」
「(大声)ああ桂さんか! どこかで見たような人だと思ったよ」
「どこかで見たような、はないでしょう。ちょっと肥ったけどね。あんた、誰さ、いったい?」
「藤田。おぼえてないか」
「まるでおぼえがない」
「ひでえな」
「(小声)ありゃあ粋筋《いきすじ》かな、あの着物は?」
「何してらっしゃるの、桂さん?」
「私? 相変らずよ。絵の先生よ、名古屋で。ちょっと、失礼だけど、あんた、誰?」
「あらいやだ、戸田よ」
「ああ、戸田さんね。眼が似てる、そう言えば」
「当り前じゃないの、当人だもの」
「やあ、遅くなっちゃって。おや、桂さん」
「こんにちは。ちょっとこの人、誰?」
「ぼけたな。小畑だよ」
「ああ、小畑さん。生前のおもかげがあるわ」
「やなこと言うなよ」
「桂さんでしょ、小畑さんの名前、さかさに読んだの」
「アハハ。そうそう、チキン・ゲタバコ」
「つまらねえことに気がついたもんだよ。源吉なんて、渋味のあるいい名前なのに」
「大体、へんなとこに気がつくのは、みんな女の子だ」
「ませてたかも知れないわね、女の方が」
「三年生のとき、先生の奥さんが、奥さんになる前に、教員室へ何か届けに来たのを見つけて、あれは怪しい、と言いだしたのも女の子だろう」
「あれは私。えヘヘ」
「どうして分った?」
「そりゃ何となく分るわよ。ねえ?」
「お昼休みだったわね」
「そうそう、雨が降っててね」
「とにかく美人でしょう。臙脂《えんじ》色のコートを着て、教員室で先生と話してるんですもの。たいていピンと来るわよ」
「あんた、報告に来たわね、教室へ」
「うん。篠田照子っていう人、先生のお嫁さんになる人かも知れないってね」
「よく名前が分ったね、その時」
「傘立の傘に書いてあったもの、紅い漆で」
「それ。見に行ったよ、おれ」
「おれも見に行った」
そこへ、もう白髪の先生と、まだ若々しい奥様とがおいでになる。一と通りの挨拶の後、
「先生、じつは、今ね……」
——一九六七年四月 婦人公論——