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決められた以外のせりふ119
日期:2019-01-08 21:27  点击:324
 ぶっかけ飯
 
 宵っぱりの朝寝坊で、朝食はたいてい十時ごろである。
 起きぬけに、生の果汁を一杯。味噌汁、納豆、玉子、がんもどき、干物の類いで、米飯を二杯。新聞や手紙に目を通しながら、ゆっくりたべる。一時間ぐらいかかる。
 これは私の一日のはじまりの儀式で、朝食をゆっくりとたべられない日は、一日中、どうも気分がすぐれない。撮影やなにかで、早起き早出になる時は、だから、ほんとうにがっかりする。止むを得ず、パンに牛乳、紅茶というようなことになるが、三日も続くと、もうだめである。無理をしても一時間早く起きて、ゆっくりといつもの食事をする。
 しかしこれも三日も続くと、そうそう早くは起きられない、ということになり、勢いのおもむくところ、飯碗に味噌汁をかけてたべる結果となる。
 亭主がぶっかけ飯ばかりたべるので、そんな下品な男と暮すわけには参りませんと、離婚訴訟をおこし、勝った奥さんがいるそうだが、私はその御亭主に同情を禁じ得ない。鯛茶なら、お上品で結構、というわけか。
 ぶっかけ飯といえば、私の祖父は、東京の牛乳屋の草分けであったが、朝、米飯に牛乳をかけてたべたそうである。牛乳というものが、いかにおいしいものであるかを、宣伝する目的がいくらかあったかも知れないが、こればかりは、気色《きしよく》がわるくて、試みる気になれない。
 芝居の初日の晩は、皆といっしょに、新宿角筈の「志ほや」へ行く。大好物のあんこうの肝で一杯。後はめいめい好きなものを頼んで、わあわあ言いながら食べる。横浜なら中華料理「海員閣」、京都なら川端のおでん「芳子」、大阪なら梅田新道の串かつ「知留久」。初日の晩のおそい夜食の味は格別である。興奮の味がする。
                                               ——一九六七年二月 週刊文春——

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