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日期:2019-03-22 22:29  点击:239
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 この日(十一月二十日)、通産省エネルギー庁長官、黒沢修二が外務省からの緊急連絡を受けたのは、午前五時四十五分頃だった。
「あなた、外務省から緊急連絡よ……」
 寝室のドアごしに妻の寛代がそういった時、黒沢は全身に冷水を浴びせられたような衝撃を感じてベッドからはね起きた。
〈あれだ……〉
 と、黒沢は直感した。
 �あれ�とは、中東における戦争勃発のことだ。黒沢には三、四週間前からそんな予感があった。合理的な根拠があったわけではないが、各方面から集まる情報と外国為替の動向や石油の荷動きなどから、なんとなくそういう気がしていたのである。もちろん、黒沢は、経験豊かな官僚として、そんな内心の不安を外に出すことはなかった。そしてむしろ、自分の不安を自ら打ち消そうと努めてきた。
〈俺は疲れているのだ〉
 黒沢は自分にそういい聞かせた。確かに夏以来、石油備蓄の増強や南米石油の導入など、疲労の原因となることが多かった。だが、そんな自己欺瞞は、彼の不安を柔らげてはくれなかった。
 黒沢修二はベッドから隣りの居間にある電話口までの十メートルほどの間を思わず走っていた。走る必要などなかった。彼が三十年余りの貯えと退職金の一部前借りとでようやく頭金だけをそろえて買ったこの四LDKのマンションには、走るほどの広さなどありはしない。だが、彼の焦りは独りでに足を急がせた。そして電話から流れ出る言葉で、自分の予感が的中したことを知った時、黒沢の全身は激しい寒さに震えた。室内を快適な温度に保っている暖房も、なんの役にも立たなかった。寒さは、身体の外からよりも、内部からこみ上げて来た。
 黒沢はすぐ、西松剛石油部長と寺木鉄太郎石油第一課長に電話した。午前七時半から開かれる関係各省連絡会と、それに続いて行われる閣議の準備のためである。
 震えながら電話する黒沢の肩に、妻の寛代がそっとガウンをかけてくれた。その仕草が黒沢にはうれしかった。
〈よくぞ今日まで……〉
 そんな言葉が出そうになって、彼は慌てた。
「お父さんどうしたの……」
 未明の騒ぎに目を覚した長女の康子が、寝室から顔を出した。
「お父さん、急なお仕事なの」
 と、妻の寛代が湯を沸しながら答えた。彼女は夫が出かけるまえに、せめて温い茶の一杯でもと急いでいるのだった。だが、黒沢にはそれを飲むほどの余裕もなかった。
〈いま、日本には六十五日分の石油備蓄しかない〉
 そのことが、黒沢の心に重い氷のようにこびりついていた。
 

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