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日登美は伯母の顔を穴があくほど見つめていた。すぐに声が出なかった。
「それじゃ、わたしは……」
ようやく掠《かす》れた声で言った。
「父の子供ではないってことですか?」
伯母は黙って頷《うなず》いた。
「で、でも、父がO型だというのは間違いないんですか」
食い下がるように聞く。何かの間違いということも考えられる。日登美の血液型のことは学校で調べて貰《もら》ったものだから、たぶん、間違いはないだろう。しかし、父の方は……。
「間違いないと思うわ。若い頃、徹三は交通事故に遇《あ》って輸血を必要としたことがあったのよ。そのとき、病院で調べて、徹三の血液型がO型だと分かったんだから……」
伯母はきっぱりとそう言った。
「それに、あんたは東京で生まれたんじゃないのよ、本当は」
「え……。でも、わたしの戸籍はあの家の住所になっていますけれど」
日登美は驚いて言った。
「緋佐子さんが徹三のもとに来たとき、既に生まれたばかりのあんたを連れていたらしいのよ。たぶん、あんたは、緋佐子さんの郷里であるヒノモト村というところで生まれたんじゃないかしら。ところが、緋佐子さんは、徹三のもとに来て、すぐに病気で亡くなってしまった。それで、徹三はあんたを自分の娘として籍に入れて今まで育ててきたのよ……」
日登美は言葉もなく伯母の顔を見ていた。伯母のこの突然の告白に大きなショックを受けてはいたが、心のどこかで、ああ、やっぱりと思っている自分もいた。
徹三も祖父母も、この二十六年、日登美を血のつながった我が娘、我が孫として接し続けてくれたが、成長するにしたがって、日登美の心のどこかで、自分が父にも祖父母にも全く似ていないということが小さなわだかまりになっていたのだ。
日登美は死んだ母親似だから……。
父や祖父母にそう言われるたびに、わたしはたまたま母の血が濃く出ただけなのだと思い込もうとしていたが、それでも、漠然《ばくぜん》と感じはじめた疑惑は、日登美の心の一番柔らかいところに抜けない刺《とげ》のように食い込んでいた。
だから、伯母の突然の告白にショックを受けたというよりも、今まで漠然とした疑惑として抱き続けてきたことが、伯母のこの告白によって厳然とした事実になってしまったということに、日登美はショックを受けたのだ。
「こんなときに追い打ちをかけるみたいに残酷なことを言うと思うかもしれないけれど……」
姪の顔色が目に見えて変わったことに、伯母は心苦しさを感じたように、言い訳めいた口調で言った。
「こんなときだから打ち明けておこうと思ったのよ。さっきも言ったように、このことを知っているのは、亡くなった父母と徹三とわたしだけなんだから。徹三がこんな形で亡くなってしまわなければ、わたしだって決して打ち明けようとは思わなかったんだけれど……。でも、日登美ちゃんの本当の父親は別にいるんだよ。ひょっとしたらまだ生きているかもしれない。緋佐子さんの郷里だという、その長野県のヒノモト村という所に今も住んでいるのかもしれない。昔、その人と緋佐子さんの間で何があったかは知らないけれど、もし、あんたが訪ねて行けば、実の娘なのだから……」
「わたしの父は倉橋徹三だけです」
伯母の言葉を遮るように日登美はきっぱりと言い切った。
「…………」
伯母は鼻白んだように黙った。
「たとえ、父との間に血のつながりがなかったとしても、わたしにとっては、倉橋徹三だけが父なんです」
「そ、それは、そうね。生みの親より育ての親って言うものね。ただ、わたしが言いたいのは、徹三が亡くなったからといって、あんたは天涯孤独になったわけじゃないってことなのよ。この先、まだ小さい春菜ちゃんを抱えて、誰かの助けを借りたくなるときもあるでしょう。そのとき、もし、あんたさえその気になったら、ヒノモト村を訪ねてみたら……って思ったもんだから」
伯母は、幾分慌てたようにそれだけ言うと、その場の気まずい雰囲気にいたたまれなくなったのか、これみよがしに和服の袖《そで》をめくりあげて腕時計を眺め、「あ、もうそろそろ行かなくては……」と、伝票をつかんで腰を浮かした。
空港まで見送ると言う日登美を「ここでもういいから」と振り払うようにして、伯母は急ぎ足で喫茶店を出て行った。
伯母の口紅のついたティカップをぼんやりと見つめながら、日登美は虚脱したように座っていた。すぐに立ち上がることができなかった。
わたしは父の本当の娘ではなかった……。
伯母がいなくなってみると、その事実の重さがあらためて日登美を打ちのめした。
それなのに、この二十六年もの間、父はそんなことはおくびにも出さず、実の娘として、いや、実の娘以上の愛情を注いでわたしを育ててくれた。自分の半生を犠牲にして……。
そう思うと、わけもなく涙があふれてきて両頬《りようほお》を濡《ぬ》らした。空のカップを片付けにきたウエイトレスは、声もたてずに静かに泣き続ける若い女客を不思議そうな目付きで眺めていた。