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蛇神1-2-4
日期:2019-03-24 22:08  点击:254
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 ベランダで布団《ふとん》を干していると、玄関のチャイムが鳴った。
 日登美が出ようとすると、玄関前の廊下で遊んでいた春菜がいち早くドアに飛びついて開けていた。
「ママー。しんじょうのおじさんだよ」
 ドアの向こうに立っている新庄貴明の姿を見ると、春菜は嬉《うれ》しそうに声を張り上げた。
「はい、春菜ちゃん、おみやげ」
 新庄は笑顔で手に持っていた大きな包みを春菜に手渡した。
「今日はなあに?」
 春菜はこぼれそうな大きな目で新庄の顔を見上げた。
「さあ、何かな? 開けてごらん」
 新庄は春菜のオカッパの頭を撫《な》でながら優しく言った。
「……くまさんのぬいぐるみだあ」
 廊下にあぐらをかくように座り込んで、包みを乱暴に破いて開けた春菜は、中から大きな熊のぬいぐるみが出てくると、無邪気な歓声をあげた。
「いつもすみません……」
 日登美は新庄をリビングルームの方に通しながら頭をさげた。
 新庄は訪ねてくるたびに、何かしら春菜の喜びそうなものを土産《みやげ》に持ってくるのだ。彼にも幼い子供がいるせいか、子供の扱いには手慣れたものがあった。春菜もすっかり新庄になついていた。
「いかがですか、ここの住み心地は?」
 新庄は真新しい部屋の中を見渡しながら快活な声で言った。
 あの忌まわしい悪夢のような事件から一カ月ちかくがたっていた。ようやく心神喪失の状態から抜け出した日登美は、春菜を連れて、新庄が見つけてくれた賃貸マンションに移り、新しい生活をはじめていた。
「新庄さんには何から何までお世話になってしまって……」
 日登美は恐縮したようにまた頭をさげた。
 店の売却の件も、あんな事件のあったあとなので買い叩《たた》かれるかもしれないが、なんとかより良い条件で売却できるように話をすすめている最中だという。
 矢部稔のことで責任を感じたからとはいえ、新庄貴明の面倒見の良さは半端ではなかった。まるでかゆいところに手が届くような細やかさで、日登美たちの新生活が快適に成り立つように気をくばってくれた。
 それでいて、それを恩に着せたり、威張るようなところは微塵《みじん》もない。いかにも切れ者のエリートという外見とは裏腹に、気さくで、なんでも気軽に相談できるような打ち解けた雰囲気があり、その笑顔にはわざとらしさのない正真正銘のさわやかさがあった。
 日登美は、それまで政治家というか政治屋としかいいようのない連中には、幾分嫌悪に近い感情を持っていたし、彼らのイメージはけっして良いものではなかった。
 選挙の前は満面の笑顔でへこへこしているくせに、選挙が終わると、がらりと態度が変わって横柄《おうへい》になる。そんな代議士タイプを何人も見てきたせいもある。
 しかし、新庄貴明はそういった人種とはまったく違っていた。
 新庄の話では、彼自身、政治家になる気は全くなかったのだという。慶応の法学部に入ったときは、弁護士をめざしていたらしい。ところが、たまたま入ったテニス同好会に、新庄信人の一人娘である新庄美里がいたことが、彼の人生を大きく変えてしまった。
 新庄は美里を大物政治家の娘とは知らずに付き合いはじめ、大学四年のときに、美里との結婚を本気で考えるようになった。親元に挨拶《あいさつ》に行くと、美里の父親は結婚には反対しなかったが、一つの条件を出してきた。それは、新庄家に婿入りし、将来は信人の地盤を引き継げるだけの政治家になる、という条件である。
 この条件には、まだ学生だった新庄は夜も眠れないほど悩んだらしい。弁護士への夢も捨てられないし、さりとて、新庄美里もあきらめきれない。結局、彼が悩みに悩んだ末に選んだのは、新庄美里との恋愛を貫き通すという道だった。
「……だから、政治家になりたくてなったんじゃなくて、家内と一緒になるには、こうするしかなかったんですよ」
 いつだったか、新庄が夫人と子供たちを連れて、「くらはし」に来たとき、そんな昔話をして、照れたように笑ったことがあった。
 夫人の美里は、大物政治家の娘とは思えないほど、地味で控えめな感じの女性で、大恋愛の末に学生結婚で結ばれたという夫を、今も恋人を見るような潤んだ目で見つめながら微笑んでいた。
 まさにおしどり夫婦という印象だった。
「……それで、就職の件なんですが、もう少し時間を戴《いただ》けませんか」
 日登美がいれたコーヒーに口をつけながら、新庄はさっそく言った。
「すぐにでも来てほしいというところがないわけじゃないんですが、今一つ就労条件が良くないのですよ」
「わたしなら、どんなところでもいいんですが……。これといって何か資格があるわけではないし、よそで働いた経験もないわけですから、贅沢《ぜいたく》は言えないと思うんです」
 日登美は慌ててそう言った。
 短大を出てすぐに結婚してしまったので、就職の経験は全くなかった。学生時代もアルバイト一つしたことがなかった。学校に行かない日は店の手伝いをしていたからだ。そんな日登美に出来ることといったら、同じような飲食店の接客か、会社の事務くらいのものだった。
「だめですよ、そんなご自分を安売りするようなことを言っては」
 新庄はたしなめるように言った。
「実は、知り合いがやっている建設会社で事務をやれる人をほしがっているところがあるんですが、できれば経験者がいいと言っているんです。でも、交渉次第では、なんとか話がつきそうなんです。だから、もう少し待ってくれませんか。それでもし……その、経済的なことでお困りなら、無期限無利子ということで、私がご融通しますが……?」
 新庄は日登美の自尊心を傷つけないように慎重に言葉を選びながら言った。
「お金のことなら大丈夫です。就職のことも新庄さんにおまかせしますので……」
 日登美がそう言うと、新庄のやや寄せられた眉《まゆ》が安心したように開いた。
「そうですか。もし、何か他にもお困りのことがあったら何でも遠慮なさらずに言ってください。それじゃ、私はこれで」
 新庄はそれだけ言うと、半分ほど中身の残ったコーヒーカップをテーブルに置いて、そそくさと立ち上がった。

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