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蛇神1-3-5
日期:2019-03-24 22:12  点击:233
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「……物部が奈良の三輪山で祀っていた日神は蛇の神様だったのです。いまでも、この三輪山の麓《ふもと》にある大神神社には、大物主《おおものぬし》という大蛇の神様が祀ってあります。この大物主のことは、記紀にも出てきます。たとえば、古事記では……」
 崇神《すじん》天皇の時代に、疫病が蔓延《まんえん》し、多くの民が死に絶えた。それを憂えた天皇の夢枕《ゆめまくら》に、大物主大神が立ち現れ、「これは自分のしたことだ。オオタタネコという自分の子孫に祀らせれば、世は平らかに治まる」とのお告げがあった。疫病が神の祟《たた》りであることを知った崇神はさっそく、このオオタタネコという者を探し出し、大神を祀る神社の神主にしたところ、疫病はたちどころにやんだという。
 このオオタタネコというのは、大物主大神と活玉依姫《いくたまよりひめ》という人間の女性との間に出来た、いわば神と人の混血児の子孫だったのだが、この者が大神の血筋と分かったのには、こんな逸話があった。
 その昔、活玉依姫は一人の美しい男と出会い、夫婦の契りを結び、やがて懐妊した。ところが、夜しか訪れない婿の正体を怪しんだ姫の親に知恵をつけられて、姫は、夫の衣の裾《すそ》に麻糸を通した針を刺しておいた。
 翌朝みると、その糸は、部屋の戸の鍵穴《かぎあな》を通り抜けて、三輪しか残っていなかった。糸の行方《ゆくえ》を辿っていくと、そこは神の社だったというのである。
 こんなエピソードから、三輪という地名が付いたという。
「これは一種の神婚|譚《たん》ですが、これと似た話は、日本書紀の方にもあるのです……」
 やはり、崇神天皇の時代、ヤマトトヒモモソ姫という女性が、若く美しい男と知り合い、夫婦の契りを結ぶ。しかし、夜しか訪れない夫の正体を怪しんだ姫は、ある日、夫に決して見てはいけないと言われていた櫛箱《くしばこ》の中を見てしまう。すると、そこには、美しい小さな蛇がいた。やがて、その蛇は巨大な大蛇となり、姫が自分の戒めに従わなかったことをなじって、三輪山の方角に消えてしまった。
 夫の正体が三輪山の神であったことを知った姫は、悲しみのあまり、箸《はし》で自分の陰部をついて自殺してしまう。
 檜原神社の近くにある箸墓という古墳はこの姫の墓だと伝えられている。また、この古墳は、邪馬台国《やまたいこく》の女王、卑弥呼《ひみこ》の墓であるとも言われているという。
「……この美男の婿殿が夜しか現れないというのは、この婿が日神であったことを表しているのです。昼間は太陽神として天空にいるので、夜しか人間の姿になれないというわけです。活玉依姫もヤマトトヒモモソ姫も、ともに三輪山の日神に仕える巫女だったのですよ。日女だったのです。
 ヤマトトヒモモソ姫の箸で自らの陰部を突くという奇妙な自殺の仕方にしても、一説には、日神と巫女との契りを表す性的儀式のようなものがこのような説話になって残ったのではないかと言う人もいます……」
 聖二はそう言った。
「つまり、天照大神の御神体が大和の三輪から伊勢に移された段階で、大和の大蛇神である大物主大神から日神の尊称は剥《は》ぎ取られてしまったのです。逆にいえば、天照大神の本体が蛇であるということが隠されてしまったということです。
 しかし、こうしたいきさつを知る人々が後々までも密《ひそ》かに語り継ぎ、それが、時代を経て、通海上人が聞いたという、『アマテラスは男の蛇』という奇怪な噂《うわさ》を生み出すもとになったのではないかと思いますね。まさに火のないところに煙りはたたないのです。
 それに、元伊勢と呼ばれる古社は、奈良以外にもあるのですが、例えば、あの天橋立《あまのはしだて》近くにある京都の籠《この》神社がそうです。ここの主祭神が天火明命《あめのほあかりのみこと》という、これまた蛇体の男神なのです。元伊勢ということで、女神の天照大神も合祀《ごうし》されているのですが、これはおそらく、時の権力の目を欺くための神社側のカムフラージュでしょう。あくまでもこの古社の主祭神は天火明命なのです。
 この天火明命というのは、名前こそ違いますが、三輪山に祀られた神と同体の神と考えられるのです。京都のあのあたりにも、物部郷がありましたから、同じ神を祀ったとしても不思議はありません。
 時にはニギハヤヒノミコトと呼ばれ、時には大物主と呼ばれ、時には天火明命と呼ばれても、本来は同じ蛇体の日神なのです。
 そして、実は、この大神にはもう一つ名前があるのですよ。ニギハヤヒよりも大物主よりも天火明命よりも、もっと有名な名前です。日本神話に明るくない人でも、この名前くらいなら知っているであろうと思われるほど有名な、そして最も不名誉な……。
 何という名前か分かりますか?」
 そう聞かれても、日登美には想像もつかなかった。黙っていると、聖二はこう言った。
「ヤマタノオロチというのです」

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