6
「救ける?」
日登美は思わず聞き返した。
「あ、いえ、救けるというか、手放したくなかったのよ」
耀子はすぐにそう言い直した。
「あなたは、生まれたとき、大日女様の託宣で若日女に選ばれたのよ。若日女に選ばれるということは、大日女様の下に預けられて、そこで養育されるということなの。緋佐子様はきっとあなたが可愛かったのね。ご自分の手で育てたかったのよ。でも、この村では大日女様のお言葉は絶対なの。誰も逆らうことなどできないのよ。それで、思い余って、あんなことを……」
耀子はため息をつくような声で言った。
「あの……大日女様は、わたしのことを『大神から印を与えられた子』という言い方をされたのですが、印というのはどういう意味なのでしょうか」
日登美はそう聞いてみた。
「え?」
耀子は一瞬わけがわからないという顔で日登美を見つめた。
日登美は、大日女から言われた言葉を思い出すままに耀子に伝えた。
「……それはあなたのことではないわ」
しかし、しばらく沈黙したあと、耀子はそう答えた。
「それでは、母はわたし以外にも子供を生んでいたということなのですか? わたしには兄弟がいるんですか」
日登美は詰め寄るようにして尋ねた。
「あなた……そのことで聖二さんから何も聞いてないの?」
今度は耀子の方が驚いたように聞き返した。
「え……」
日登美は言うべき言葉を失い、ただ耀子の顔を見つめるしかなかった。
「ねえ、日登美さん。この家がどうしてこんなに子沢山なのかご存じ?」
耀子は、やや悪戯《いたずら》っぽい表情で、ふいにそんなことを言い出した。
「…………」
日登美に答えられるはずがなかった。やや皮肉めいた言い方をすれば、よほど宮司夫妻が産児制限というものに無関心だったのだろうとしか言えない。
「一番下の弟は二歳になったばかりなの。信江さん、いえ、母は、来年還暦を迎えるような年なのよ。まさか、あの母が生んだとは思わないでしょう?」
耀子はそう言った。
確かに、それはなんとなく奇妙に思っていたことではあった。
廊下で二歳ほどの幼児を抱いておろおろしている信江をみかけたとき、その姿は母親というよりも、まるで孫を抱く祖母のように見えたものだ。
女性が閉経を迎えるのは、おおむね、五十歳前後と聞いたことがある。そう考えると、五十代後半に見える信江が、二歳の幼児の母親というのは、なんとなく奇妙だった。
しかし、それは、信江が見た目よりも若いのかもしれないし、女性の閉経期には個人差があるから、遅い女性もいるのだろうくらいにしか思わなかったのだ。
「それと、さっきここにいた子たち、翔太郎や郁馬も母の子供ではないわ。いいえ、幼い子たちだけじゃないわ。光彦もわたしも聖二も母が生んだ子供ではないのよ……」
耀子はさらにそんなことを言い出した。
「え……」
日登美はさすがにびっくりして目を見張った。
幼い子供たちだけならともかく、聖二や耀子まで信江の子ではないとは……。
「母が実際に自分のおなかを痛めて生んだのは一人しかいないのよ。わたしの兄にあたる長男だけ。もっとも、兄といっても、わたしと同い年だけれど。あとの子はみな戸籍上の子供にすぎないわ」
「それは一体……」
日登美はそう言ったきり、次の言葉が出てこなかった。
「わたしたちはね」
耀子は不思議な微笑を湛《たた》えながら言った。
「みんな、日女《ひるめ》の子なのよ……」