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蛇神1-4-10
日期:2019-03-24 22:18  点击:284
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「聖二さん、ちょっとお話があるんですが……」
 いささか息の詰まるような夕食を終えたあと、座敷から出て行こうとする聖二をつかまえて、日登美は言った。
 聖二には聞きたいことが山ほどあった。
 なぜ兄であることを隠していたのか。大神のお印とは何であるのか。もし、聖二が兄ならば、二人の父親は一体誰なのか……。
「ちょうどよかった。僕の方もあなたにご相談したいことがあるんです。それでは、後ほど、お部屋の方に伺います」
 聖二はそう言った。
 部屋で待っていると、三十分ほどして聖二がやってきた。
 さいわいというか、春菜は夕食後も郁馬たちと遊びたいと言い出して、部屋には戻らず、郁馬たちと連れ立って、子供部屋の方に行ってしまっていた。
「……何ですか、お話というのは?」
 聖二は日登美と向かい合って座ると、さっそく言った。
 こうして二人きりで向かい合ってみると、日登美は照れ臭いような奇妙な気分になった。それまでは従兄《いとこ》としか思っていなかったので、ある程度気持ちの上で距離をおいていたのだが、兄と知ってからは、面と向かうとやはり平静ではいられない。
「あの……さきほど耀子さんから伺ったのですが」
 日登美が耀子から聞いた話をしても、聖二は毛筋ほどの動揺も見せず、平然とした顔つきのままだった。
「これは本当のことなんですか。あなたがわたしの兄だということは……?」
 そう念を押すと、聖二は、別にためらう風もなく、「本当です」と答えた。
「どうして今まで隠していたんですか」
 ややなじるように聞くと、聖二は少し笑った。
「隠していたわけではありませんよ。いずれ話そうとは思っていたんです。ただ、会っていきなり兄だなんて打ち明けても、あなたが面食らうだけだと思ったのです。とりあえず、こちらに来ていただいて、こちらの生活に慣れた頃をみはからって、お話しようと思っていたんです」
 やはり兄であることをすぐに言わなかった理由は、耀子が推察したとおりらしかった。
「それに、この村には古くから独特の風習のようなものがありますから、そういったものをいくら口で説明しても、外の世界で育ったあなたにはすぐには理解してもらえないのではないかとも思ったんです」
「わたしと……聖二さんの父親は同じ人なのですか」
 さらにそう聞くと、聖二は、やや答えに時間を要したが、きっぱりとした口調で、「そうです」と答えた。
 兄妹と言うことが知れても、聖二の日登美に対する物言いや態度は全く変わらなかった。
 その、よそよそしいまでの礼儀正しさに、日登美はいらだちすらおぼえるくらいだった。兄と分かったからには、もう少し肉親らしい態度になってもいいのではないかと思いながら、
「誰なんですか、その人は? この村の人なんですか」
 と、矢継ぎ早に質問した。できれば、この冷静すぎる男の胸倉をつかんで聞きたいような高ぶりを感じていた。
「日女《ひるめ》が未婚のまま子供を生んでも、誰も非難しないばかりか、むしろそれを喜ばしいことだとするのは……」
 聖二は日登美の質問には答えず、突然そんなことを言い出した。
「耀子様のおっしゃるように、大神を祀《まつ》る神妻としての貴重な血統を絶やさないためだというのは、確かに理由の一つとしてあります」
「はぐらかさないで! わたしが聞いているのはそんなことじゃありません」
 日登美はややかん高い声を張り上げた。聖二が冷静であればあるほど、日登美の方は冷静さを失っていった。
 ただ、この感情の高ぶりが、兄と分かった男への甘えの裏返しであることを日登美は気づいてはいなかった。
「はぐらかしてなどいません。あなたの質問に答えているつもりですが」
 聖二はそう言うと、先を続けた。
「でも、村人が日女の出産を喜び祝うのには、もう一つ理由があります。そもそもこの村では、日女が未婚のまま出産したからといって、赤ん坊の父親が誰かなんてことを詮索《せんさく》する者は一人もいません。詮索するまでもなく、その父親が誰なのか知っているからです」
「だ、誰なんですか……?」
 日登美はあぜんとして言った。
「大神です」
 聖二はにこりともしないでそう答えた。
「…………」
「日女が生んだ子供はすべて大神の子供なのです。それに、未婚といっても、それは人間界での話であって、日女には、生まれながらにして神の妻というれっきとした地位があるのです。その日女が妊娠し、出産したとすれば、その子供の父親は神に決まっているではないですか。
 たとえ、その相手が人間の男だったとしても、それは、人間である日女と交わるために神が化身した姿にすぎないのです。言い換えれば、その人間の男にいっとき神の霊が降りているにすぎないのです。だからこそ、日女の生んだ子供は、神と人の混血として貴ばれ、神を祀る神職につくことができるのです。
 本来、神を祀ることができるのは、神の子孫でなければならないからです。日女が子供を生むということは、その神の血を引く子孫を後々まで残すことでもあるのです。村人たちが祝い喜ぶのは、まさにそのことなのですよ……」
 日登美には、聖二が本気でこんなことを考えているのか、それとも、自分たちの父親の正体を日登美に教えたくない理由でもあって、こんなことを言ってごまかそうとしているのか分からなかった。
 しかし、目の前の男の顔は、大真面目《おおまじめ》そのもので、冗談を言っているわけではないらしいということだけは分かった。
「わたしが知りたいのはそういうことじゃありません。わたしたちの父親がどこの誰で、今も生きているのか。それを知りたいんです」
 日登美がなおも言うと、聖二は苦笑するような顔になって聞いた。
「そんなことを知ってどうするのです?」
「どうするって……」
「俗に腹は借りものという言葉がありますね。随分女性を馬鹿にした表現だとは思いますが、いわば、これと同じことなのですよ。種は借り物にすぎないのです。借り物にすぎないもののことを知ったところで何の意味があるのですか? それに、そういう意味での父親というならば、僕も知りませんね」
「知らない?」
「知りません。けっして隠しているわけではないのですよ。本当に知らないんです。知りたいと思ったこともありません」
 聖二は、まるで少年のように澄んだ目で、日登美をまっすぐ見ながら、そう言い切った。その目を見る限り、嘘《うそ》やごまかしを言っているようには見えなかった。
 もっとも、それは、澄んだ目をした人間が嘘をつかないなどという何の科学的根拠もないたわごとを信じればの話だが。
「話というのはそれだけですか」
 聖二は、もうその話題は切り上げたいという表情で言った。
「まだあります。大日女様がおっしゃっていた、母が生んだお印のある子というのはあなたのことなのでしょう?」
「そうです」
「そのお印というのは……?」
「見たいですか」
「え? ええ」
 日登美はややうろたえながら頷《うなず》いた。
 すると、聖二はいきなり、白衣の片袖《かたそで》を抜いて、上半身をさらけ出した。
 いくら兄とはいえ、若い男性が自分の目の前で上半身裸になったので、日登美は目のやり場に困って、思わず視線をそらした。
 聖二の方は恥ずかしがる様子も見せず、くるりと後ろを向くと背中を見せた。
 おずおずと目をあげた日登美は、その背中にあるものを見て、あっと声をあげそうになった。
 聖二の肌《はだ》は、まるで女のように白く肌理《きめ》も細かかったが、身体そのものは程よく筋肉がついて引き締まっていた。
 その痩《や》せた背中の飛び出た肩甲骨の下あたりに、白い肌から浮き上がるようにして、薄紫の痣《あざ》があった。
 それは、ちょうど大人の手のひらくらいの大きさだった。
 その痣は、蛇の鱗《うろこ》のような形をしていた。

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