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「しっと?」
日登美は聖二の意外な言葉に驚いて聞き返した。
「耀子様はあなたに嫉妬されているのかもしれません……」
聖二は言いにくそうに言った。
「どうして、あの方がわたしなんかに……」
「一夜日女《ひとよひるめ》というのは、日女《ひるめ》たちの憧《あこが》れの的であることは前にも言いましたね。それは、一夜様に選ばれた日女にとってもそうですが、同時に、ご自分の娘が一夜様に選ばれるということも、日女にとっては大変名誉なことなのです。
もう既にお気づきかと思いますが、真帆様は耀子様がお生みになられた方なんです。だから、耀子様も、真帆様同様、今回の祭りを楽しみにされていたんですよ。ところが、あのアクシデントで、それが春菜様にとってかわられてしまった。そのことが耀子様にはよほど口惜しかったのではないかと思いますね……」
「…………」
嫉妬……からだったのだろうか。耀子のあの目。幽鬼のように青ざめて強《こわ》ばったあの顔は。
日登美には、聖二の説明が今ひとつ納得がいかなかった。
「出て行け」と言ったあと、訴えるように、じっと日登美を見た耀子の目には、嫉妬というより、むしろ、憐憫《れんびん》に近い色が浮かんでいたような気がするのだが……。
「それに、耀子様はご病気のせいで、もはや日女の役をお務めになることができません。大神へのご奉仕ができないお体なのです。そのことに耀子様ご自身が苛立《いらだ》ち、引け目のようなものを感じていらっしゃるのかもしれません。日女としての地位をあなたに奪われてしまったように感じておられるのです」
憂い顔で聖二はなおもそう言った。
「でも、手術は成功したのでしょう?」
日登美は不審そうに聞き返した。
確かに、今の耀子は、見るからに病み上がりという感じだが、それは今後の養生次第でいくらでも健康を取り戻すことができるのではないか。
それなのに、聖二は、「もはや……お務めになることはできません」などと妙に断定的に言い切っている。
それが引っ掛かった。
「まさか、他に転移でも……」
日登美ははっとしてそう言いかけた。
「いや、医者の話ではそれはないと思います。ただ、たとえ健康を回復されても、耀子様には、今後、日女としてのお務めは無理なのです。だからといって、これからも日女としての地位に変わりはないのですが……」
どうも聖二のいわんとすることが日登美にはよく飲み込めなかった。健康を取り戻しても、なぜ、耀子がもはや日女としての「お務め」ができないのか……。
それに、聖二の話を聞きながら、日登美はあることに気が付いて、ぎょっとした。それは、もし、耀子がこのまま日女の役ができなければ、日登美がずっと耀子の代役をしなければならないということになるではないか。祭りは毎年あるのだろうから……。
聖二の最初の話では、今回は耀子の体調がすぐれないので、一時的に彼女の代わりをやってほしいというニュアンスではなかったか……。
そのことを確かめようと口を開きかけたが、聖二は、その隙《すき》を与えず、
「とにかく、そういった事情で、耀子様は何かにつけて苛立ちやすい気分になっておられます。あなたにも少々きついことをおっしゃるかもしれません。あるいは、あなたがこの村にいたくなくなるようなことをお耳にいれるかもしれません。でも、それはすべて、あの方の普通ではない神経がさせていることです。あまり気になさらなければいいのですよ」と言い、「これから、春菜を連れて大日女のところへ挨拶《あいさつ》に行ってくる」という旨の報告だけして、さっさと部屋を出て行ってしまった。
聖二の説明をすべて鵜呑《うの》みにしたわけではなかったが、聖二の言うようなことも多少はあるのかもしれないと日登美は思った。
確かに、耀子にとって、日登美の存在はいくぶん目障りなものかもしれないのだ。神家の人々に、日登美や春菜が何かにつけてちやほやされるのを見るのは、あまり面白いことではないだろう。
しかし、出て行けといわれても、はいそれではというわけにもいかない。日登美一人ならそれもできないことはないが、春菜がいる。あの様子では、春菜は聖二のそばを離れようとはしないだろうし、聖二の方も大事な神事の主役を手放しはしないだろう。
さらに、日登美にはこの村でやっておかなければならないことがあった。それは実の父親を探し出すことだった。そして、もしまだ生きているならば一目会いたかった。
その気持ちは、この村に来ていよいよ強くなっていた。
耀子のあの態度や言葉が抜けない刺《とげ》のように気にはなっていたが、聖二の言うように、あえて気にしないことにしようと日登美は心に決めた。