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「……昔は、掟を破った男の方は村中の男たちによってなぶり殺しにされたこともあったそうです。日女の方は、神の女ということで、殺されはしませんが、やはりそれなりの辱めと罰を受けたようです」
「そんな……」
日美香は思わず眉をしかめた。
「さすがに今はそんなことはしないようですが、それでも、村八分のような扱いを受けることはあるようです。
つまり、日女には、一時的な恋愛は許されても、一人の男性と末長く愛し合うことはけっして許されないということなのです。
いくら心を寄せる男がいたとしても、その男が三人衆に選ばれなければ結ばれることはできないし、また、たとえ選ばれたとしても、翌年も選ばれるとは限らないのです。というより、二年続けて選ばれることはまずないそうです。ですから、次に選ばれるまで待たなければならない。しかし、待つといっても限界がある。というのは、三人衆になるには、いくつかの条件があって、それをクリアしていなければならないからです。条件のひとつには年齢があります。十八歳以上三十歳未満でなければならないのです。だから、男の年齢が三十を越えてしまえば、三人衆に選ばれることはもはやないのですよ……」
真鍋はそう言い、「ちなみに、あとの条件とは、村に三代以上にわたって住み着いた者の子孫でなければならないこと。さらにもう一つ。母親が日女ではないこと、だそうです」と付け加えた。
「あの村では、たとえ自分の娘であろうが妹であろうが、敬語で呼ばなければならないほど、日女というのは高い地位を与えられているのですが、その高い地位の裏には、神の女としてのこんな哀《かな》しい宿命があるということですね。
もっとも、多くの日女は、幼い頃から、神の女としての自覚と誇りを植え付けられて育ちますから、そうした生き方を哀しいと思う人は少ないそうですが。
とはいえ、それでも、稀《まれ》に、一人の人間の女としての幸せを追い求めてしまう人もいたようです。たとえば……」
真鍋はそう言って、ややためらうように黙っていたが、
「これは日の本寺の住職から聞いた話なのですが、倉橋日登美さんのお母さんがそうだったようです。つまり、あなたのお祖母《ばあ》さんにあたる人ですね。倉橋さんがあの村ではなく、東京で育ったというのも、倉橋さんのお母さん、緋佐子さんという人が、村の男ではない男性と愛し合い、駆け落ちした結果だというのですよ……」
と言った。
「だから、倉橋さんのご家族が亡くなったのも、それは単なる事故ではなく、大神の怒りによるものだと村では考えられていたようです」
「その事故というのは……?」
日美香はふと気になって聞いてみた。母は夫を含めた家族をいっぺんに亡くしたということらしいが、一体何の事故だったのか……。それがなぜか気になった。
「いや、それが住職も倉橋さんもそのことにはあまり触れられたくなさそうだったので、私もそれ以上のことを聞くのは遠慮したのです……。ただ、あの達川という記者の話では、倉橋さんのご家族が亡くなったのは、事故というよりも事件だったというのですが……」
「事件?」
日美香は思わず聞き返した。
「詳しいことは知りませんが……。それも達川さんに直接会ってお聞きになった方がいいでしょう」
真鍋はあわてたようにそう言い、さらに話を元に戻すように続けた。
「そういった事情で、本来ならば、倉橋さんは日女として村に迎えられるような人ではなかったようなのですが、日女の数が年々減りつつあったことや、緋佐子さんが大神のお印のある子を生んでいたということで、大神の特別のお許しが出て、村に迎えられたのだということです」
「その大神のお印というのは」
日美香は遮るように言った。
「確か、蛇の鱗《うろこ》状の痣《あざ》のことですね? それがわたしの母にもあったということですか」
そう聞くと、真鍋はかぶりを振った。
「いやいや、そうではありませんよ。その痣があったのは、日登美さんのお兄さんにあたる人だそうです。緋佐子さんはもう一人男の子を生んでいたのです。その子に大神の印があったと……。この人は、聞くところによると、今は日の本神社の宮司になっているそうですが……」
そのとき、応接間のドアが遠慮がちにコンコンとノックされた。
「なんだ?」
と真鍋がドア越しに声をかえすと、ドアが開いて、真鍋の妻がドアの隙間《すきま》から顔を出し、「あなた、ちょっと」と夫を呼んだ。
真鍋伊知郎は立ち上がって、妻のもとに行くと、そこで何やらひそひそと話していたが、ソファに戻ってくると、笑顔で言った。
「知り合いから松坂牛のいいのを送ってきたそうなんです。今夜あたりすき焼きにしようというのですが、よろしかったら、あなたもご一緒に……」