10
ばたんと遠慮がちにドアの閉まる音を、日美香は床に転がったまま聞いていた。
やがて、ゆっくりと身体を起こすと、鏡台の前まで行った。そして、ボタンのはずれたままになっているブラウスを押し開くようにして、自分の胸を鏡に映してみた。
これはそんなに醜いものなのだろうか……。
日美香は、白絹をはったような自分の右胸に広がる薄紫の痣を見つめた。
日美香の目には、それは醜くもおぞましくも見えなかった。
しかし、佑介の目には、それは醜くおぞましいものに見えたに違いない。
受け入れてくれなかった……。
佑介はこの痣を受け入れてはくれなかったのだ。
今まで一度も肌を許さなかったのは、持ち前の潔癖さもさることながら、この痣を見られることへの恐怖があったからでもあった。もし、気味悪がられたら……。この痣のせいで嫌われてしまったら……。そう思うと、身構えざるをえなかった。
しかし、私生児であることも含めて、自分のすべてを受け入れようとしてくれた佑介なら、この痣も受け入れてくれるのではないかという期待が次第に頭をもたげてきた。
それに、いずれ結婚しようと約束しあった男にいつまでも隠しておけるようなことではなかった。
きっと、彼なら気味悪がらずに受け入れてくれる。そう信じたからこそ、一切の抵抗をやめて、彼のなすがままになっていたというのに……。
受け入れてはくれなかった。
まるで蛇に見入られた蛙のような怯《おび》えた目をして、そそくさと離れてしまった。
その程度の男だったのか……。
そのとき、日美香は、それまで憧《あこが》れ、尊敬の念すら抱いていた新田佑介という男にたいして、はじめて侮蔑《ぶべつ》に近い感情を持った。
そして、そんな感情を持った自分に驚いていた。
日美香の中で少しずつ何かが変わっていた。
ゆっくりと何かが壊れていき、その代わり、何かが生まれつつあった。