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「実は出版社をやめたあと、暇をもてあましたということもあるが、大神祭のことがどうも気になったので、他にもあの祭りについて書いた本がないかと思って、図書館に通って調べてみたんだ……」
達川は言った。
「片っ端からそれらしき本を当たってみたが、残念ながらこれはというものには巡りあえなかった。ただ、一冊だけ、どこかの大学教授が書いた研究書のような本に、日の本村の名前がちらとだけ出てきたのがあった。昭和二十年代に出版された古い本で、『日本の祭りにおけるエロスとタナトス』とかいうタイトルだったと思うが、その中に、日の本村の大神祭における神迎えの神事というのは、一種の性儀式ではないかという記述があったんだよ。
神迎えの神事の一番最後で、大神の御霊の降りた三人衆に、日女が酒などをふるまう『もてなし』というのは、たんに酒をふるまうだけの饗応《きようおう》ではなく、性的な意味もふくまれているのではないかというのだ。
つまり、日女は大神の妻であるわけだから、年に一度訪れた神に対して、妻としての『もてなし』、すなわち性交渉をもつのではないかというのだよ。
古い祭りには、こうした性がらみの神事や儀式がけっこうあったらしい。たとえば、山の神の祭りなどでは、村をあげての乱交パーティのようなものが昔は行われたりしたこともあったというのだ。
ただ、こうしたセックスがらみの祭りは、『淫風《いんぷう》』『淫祠《いんし》』と見なされて、明治政府が厳しく取り締まったようで、明治以降は、影をひそめ、現在では殆どなくなったも同然だと著者は書いているのだが……。
果たしてなくなったのだろうか?
もし、日の本村で、今もなお密《ひそ》かに、こうした『淫風』が続けられているとしたら?
あの村はひどく閉鎖的で、よそ者もめったに訪れないし、まるで時がどんよりと澱《よど》んでとまったようなところだ。古い祭りの形態がそのまま残っていたとしても不思議はない。
そう考えると、なぜ、日女の子供に九月生まれが多いのか、というか、なぜ、日女の受胎日が大神祭のある十一月に集中しているのか、という謎《なぞ》は解ける。
また、日女の生んだ子供が、すべて大神の子とみなされるということも、こう考えると納得がいくじゃないか。
あの村では、日女の生んだ子供の父親を誰も詮索《せんさく》しないという話を聞いたが、詮索しないのではなくて、詮索したくてもできないようになっているのだ。
子供の父親は、三人衆のうちの誰なのか、三人の男たちにも日女本人にも分からないような仕組みになっているのだとしたら……」
「それでは……母は、その祭りで……わたしを?」
日美香はあえぐように言った。達川の推理にひどくショックを受けていた。
達川は確信ありげに頷《うなず》いた。
「考えてみればおかしいじゃないか。あんたのお母さんは、昭和五十二年の夏に、あんな形で夫を亡くしているんだぜ。そんな女が、半年もたたないうちに、他の男と恋愛をして子供を身ごもるというのは……。倉橋日登美は自由恋愛の末に身ごもったんじゃない。祭りの時に身ごもったんだ。しかも、ひょっとしたら、それは彼女の意志に反して、のことだったのかもしれない」
「意志に反して……?」
「彼女はあの村で生まれたとはいっても育ったわけじゃない。もし、あの村で生まれ育った日女であれば、大神祭がどんな祭りであるのか、その祭りで日女がどんな役目をするのか、当然知っていただろう。しかし、彼女はそうじゃない。あの村のことも祭りのことも何も知らなかったはずだ。もしかしたら、祭りの当日まで何も知らされていなかったとも考えられる。あの村の人々がよそ者に話す程度のことしか聞かされていなかったのかもしれない。だからこそ、翌年、妊娠していることに気が付いて、こっそり村を出たのではないか。もし、何もかも承知の上で日女の役を引き受けたのだとしたら、村を出ることはなかっただろう。村に残って、『大神の子』を生んでいたはずだ……」
日美香は、これ以上達川の話を聞いているのが苦痛になってきた。
神事の名のもとに行われた、何やら忌まわしい事の結果として、自分がこの世に生を受けたのではないかという想像は、日美香の背筋を寒くした。
しかし、達川は暗い目をして、なおも憑《つ》かれたように話し続けた。
「これだけじゃない。あの村にはもっと恐ろしい秘密がある。もし、俺の推理が正しければ、あそこでは、今もなおそれが続けられているはずだ……」
達川はそんなことを言い出した。
「それ……って?」
日美香はもう聞きたくないという気持ちとは裏腹についそう聞き返してしまった。
「贄《にえ》の儀式だよ」
達川は言った。