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やがて、参道の向こうに、窓に明かりのついた、重厚な構えの日本家屋が見えてきた。暗くてよくは分からないが、かなり古い造りのようだった。
郁馬が玄関の戸を開けて、奥に声をかけると、すぐに、四十がらみの割烹着《かつぽうぎ》姿の女性が出てきた。
その女性を見て、日美香はあっと思った。
昼間、同じバスに乗っていた、あの中年女であることに気が付いたからだった。
女は、宮司の妻の神美奈代と名乗った。
宮司の妻?
ああ、それで……。
日美香は、なぜ、この女性が自分のことを妙に気にして、しきりに視線を向けていたのか、ようやく理解したような気がした。
たんに若い女の観光客が珍しかったわけではなかったのだ。
彼女もまた、日美香の顔が倉橋日登美に似ていることに驚いていたのだろう。
宮司の妻は、日美香のボストンバッグを郁馬から受け取ると、長い廊下を歩いて、八畳ほどの和室に案内してくれた。
ここは昔、倉橋日登美が使っていた部屋だという。
「今すぐに主人が参りますので……」
宮司の妻はそれだけ言うと、足早に部屋を出て行った。
日美香は、一人になると、部屋の中を見回した。
調度類はいずれも古びているが、部屋そのものは掃除が行き届いていて、塵《ちり》や汚《よご》れひとつない。
二十年前、母はこの部屋で寝起きしていたのか……。
そう思うと、不思議ななつかしさのようなものを感じた。
戸が僅《わず》かに開いていた押し入れを何げなく開けてみると、下の方に空色のスーツケースが押し込まれていた。
もしや、着の身着のままで村を出たという母が残していった物ではないかと思い、日美香はそれを引っ張り出してみた。
開けてみると、衣類に混じって、分厚いアルバムが出てきた。ページをめくってみると、倉橋日登美とおぼしき女性の子供の頃からの写真が貼《は》ってあった。
どの写真も、日登美の顔は幸せそうに笑っている。
後ろの方のページには、一枚分、写真をはがしたような跡があった。
真鍋の本の隙間《すきま》から見つかった写真は、もともとはこのアルバムに貼ってあったものだろう。
倉橋日登美の失踪《しつそう》は、けっして気まぐれによるものではなく、この家を出るときに既に決意されたものであったことが、この残されたアルバムからも見てとれた。
分厚いアルバムを持って出ることもできないので、二人の愛児の写った写真だけを剥《は》がして持って行ったに違いない。
アルバムをざっと繰ってみる限りでは、小さな蕎麦《そば》屋の一人娘として育てられた倉橋日登美の短い人生は、平凡ながらも幸福なものであったらしいことが感じられた。
昭和五十二年のあの事件が起きるまでは……。
廊下の方から足音がした。
日美香ははっとして、アルバムを素早く閉じると、スーツケースに戻した。
入ってきたのは、郁馬と同じような白衣に浅葱の袴姿の、四十代後半と思われる中年男性だった。
小鬢《こびん》に僅かに白いものが混じってはいるが、その顔は、若い頃は郁馬以上の美青年だっただろうと思わせるものがあった。
この年代の男性にしては、中年太りの傾向は全く見られず、青年のようにすらりとして、いかにも神官らしいストイックな雰囲気を漂わせている。
男は、袴の膝《ひざ》を折って、日美香の前に端然とした物腰で座ると、宮司の神聖二だと名乗った。