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蛇神2-5-8
日期:2019-03-24 22:46  点击:285
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「……母が村を出た理由も、その掟というのを破ったからですか」
 日美香は美奈代に尋ねた。
「三人衆以外の男性の子供を身ごもったから、それで……」
 そう言いかけると、美奈代は笑いながら言った。
「わたしは、兄はあなたの父親ではありえないと言っただけですよ。何も、あの年の三人衆の中にあなたの父親がいないとは言ってません。もしかしたら、あなたの父親は船木さんかもしれないし、海部さんかもしれない。ただ、まともに聞いてもどちらも本当のことは言わないでしょう。たとえ身におぼえのあることでもね……」
「あの二人はわたしの父親ではありえません」
 日美香は思わずそう言ってしまった。
 美奈代は怪訝《けげん》そうな顔をした。
 日美香は、自分の血液型のことを彼女に話した。
「……だから、O型の男性はわたしの父親ではありえないんです。船木さんも海部さんもO型でした」
「それじゃ……」
 そう言いかけてやめた美奈代の顔になんともいえない奇妙な表情が浮かんでいた。
「美奈代さん。母から何か聞いてはいませんか。わたしの父親のことで……」
 藁《わら》にもすがる思いで、そう尋ねてみたが、美奈代はかぶりを振るだけだった。
 聖二と婚約していた頃から、神家にはちょくちょく出入りしており、倉橋日登美とも顔を合わせることは何度もあったが、打ち解けて話し込むようなことはなかったと美奈代は言った。
 しかも、彼女が神家に正式に嫁いだのは、昭和五十三年の四月のことで、そのとき、日登美は既に村を出たあとだったのだという。
「わたしは日登美様からは何も聞いていません……」
 美奈代はそう言ったが、幾分ためらいがちに、「ただ……」と続けた。
「兄からあることを打ち明けられたことはあります……」
「太田さんから?」
「ええ……。あの年の三人衆のことで」
 美奈代の口が急に重くなったようだった。言おうか言うまいか迷っているように見えた。
 日美香は、ふと、この女の本来の性格はどちらかといえば陽気でおしゃべり好きなのではないかと思った。
 神家での生活が彼女を変えてしまったのかもしれない。
 そんな気がした。
「何を打ち明けられたというのですか」
 日美香は焦《じ》れて詰問するように言った。
「あの年……」
 美奈代はようやく決心がついたように口を開いた。
「確かに兄は三人衆に選ばれました。でも、兄は三人衆をつとめてはいないんです……」
「それはどういうこと……?」
「祭りの直前になって、聖二様……いえ、主人から、三人衆の役をある人に代わって欲しいと内々に頼まれたと言うんです。でも、三人衆のメンバーが変更になったことは、村の人たちには一切知らされませんでした。兄も主人から口止めされていたらしく、そのことを誰にも話さなかったようです。このことを知っているのは、主人と兄と、あの神事にかかわったごく限られた人たちだけだと思います。
 三人衆が家々をまわるときは、蛇面というお面を付け、蓑笠《みのかさ》をすっぽり着てしまいますから、外見からは誰なのか村の人には分からないのです。
 だから、村の人には、あの年の三人衆の一人は兄がつとめたと思われていますし、古い記録にも兄の名前しか残っていません。でも、本当は、あの年、兄がやるはずだった役は別の人がつとめていたんです……」
「その別の人というのは……?」
 日美香は勢いこんで尋ねた。
「それが誰だったのかはわたしには分かりません。兄はそこまでは話してはくれませんでした。ただ、三人衆の交替が村人には知らされずにこっそりと行われたところを見ると、その人は、ふつうならば三人衆には選ばれる資格のない人だったのではないかと思います。三人衆に選ばれるには、幾つかの条件があるんです。まず、十八歳以上三十歳未満の独身男性でなければならないこと。祖父の代からこの村に住んでいる者でなければならないこと。母親が日女ではない者。この三つの条件を満たしていなければ三人衆に選ばれることはないんです。でも、たぶん、その人はこの三つの条件を満たしてはいなかったんです。だから……」
 美奈代はそう言ってから、すぐにこう付け加えた。
「でも、この人が誰だったのか、兄に聞いても無駄だと思いますよ。兄は口が裂けても言わないでしょう。わたしに打ち明けたのだって、ひどくお酒に酔っ払っていたときで、つい口が滑ったにすぎないんです。それは他の人たちも同じだと思います。耀子様にしても船木さんたちにしても、たとえ何か知っていたとしても何も言わないでしょう。主人に口止めされている限りは……」
 美奈代の目が暗く陰った。
「この村では、日の本神社の宮司の力は絶大なのです。今では、大日女様より力をもっています。村長など、主人の前では忠実な番犬みたいなものです。とはいっても……」
 そう言って、美奈代はふっと自嘲《じちよう》のような歪《ゆが》んだ笑いを口元に浮かべた。
「力があるのは宮司だけですけれどね。宮司の妻なんて、自分が生んだわけでもない子供たちの世話に明け暮れて年を取っていくだけの子守女みたいなものですから……」

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