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風呂場《ふろば》のドアががたっと開く音がしたので、柴田繁之は慌てて、覗き込んでいた紙袋の上にタオルをかぶせると、それを元あった場所に戻した。
何食わぬ顔で待っていると、「真女子」が入ってきた。
その姿を一目見て、繁之はあぜんとしてしまった。「真女子」は何も身につけてはいなかった。バスタオルも巻き付けていない。まったくの素っ裸だった。
しかも、剥《む》き出しの胸や下腹部を手で隠そうともせず、堂々として素っ裸のまま立っている。
それはまるで、まだ羞恥心《しゆうちしん》というものが育っていない幼女が風呂からあがってきたような格好だった。
「バ、バスタオルなら……」
繁之の方がうろたえてしまって、新しいバスタオルなら風呂場の脱衣場に置いてきたはずだが、と思いながら言った。
しかし、よく見ると、「真女子」の身体《からだ》に水滴などはついていなかった。ということは、タオルで身体を拭いたということで、バスタオルの在りかが分からなかったわけではないらしい。
良美でさえ、この部屋でシャワーを使ったあと、これほど堂々と素っ裸で出てきたことはなかった。必ず、バスタオルを巻き付けるか、少なくとも下着くらいはつけていた。
それなのに、この女ときたら……。
相手がこれほど露骨に意思表示をしてくれたのだから、繁之としては、もっと喜ぶべきなのだろうが、まさかここまで挑発的というか、あっけらかんとした女だとは思ってもいなかったので、調子を狂わされて、戸惑うばかりだった。
しかも、やや異様に感じたのは、全身にシャワーを浴びた様子なのに、顔の化粧は落としていないことだった。白い仮面のようにも見える濃いめの化粧が施されたままだった。もっとも、さきほど覗いた紙袋の中には化粧品や化粧道具の類いはまるで見当たらなかったから、落としてしまうと帰るときに困るとでも思ったのかもしれないが……。
態度はまるで幼女のようだったが、その身体はけっして幼くはなかった。出るところは出て、くびれるべきところはくびれている。「十八歳以上二十五歳未満」と本人の自称通り、幼くもなく熟れすぎてもいない、まさに食べ頃の瑞々《みずみず》しい果実のようだった。
ただ、繁之の目を思わず釘付《くぎづ》けにしたのは、その白い裸身だけではなかった。「真女子」の形よく盛り上がった胸の片方に、大人の掌大《てのひらだい》の薄紫色の痣《あざ》のようなものがあったのである。
一瞬、「タトゥ?」と思った。刺青《いれずみ》かと思ったのだ。若い子の間で、太ももや胸などに、小さな薔薇《ばら》の花などの刺青を入れるのが、一種のファッションとしてはやっていると聞いたことがあった。それも、後ではがせるシールではなく、実際に墨を入れるのだという。以前、そんな女の子の一人と良美の目を盗んで浮気したことがあった。
しかし、刺青にしては、妙な柄だった。それはまるで、魚か爬虫類《はちゆうるい》の鱗《うろこ》のように見えたからだった……。
「そこに寝て」
女の胸の奇妙な「模様」に見とれていた繁之は、「真女子」にそう命令口調で言われて、「え?」という顔をした。
「真女子」は、にこりともしない顔でベッドを指さしていた。
「服を脱いで仰向けに寝て」
なおも言う。
な、なに。裸で仰向《あおむ》けに寝ろって、まさか、それって、女上位ってことか?
繁之はいよいようろたえながら思った。ガールフレンドの良美とは、いわゆる正常位でしか試したことがなかった。彼としては、もっといろいろな体位を「研究」してみたかったのだが、お嬢さん育ちの良美は、そういうのをすべて「変態」扱いして受け入れてはくれなかった。
この女、まじめそうな顔に似合わず……。
ちょっと変わっているな、という印象ははじめからもっていたが、それでも全体的な雰囲気は、いいとこのお嬢さん風であった。コギャル風ではまったくない。髪も黒いまま染めてはいないし、ピアス等もつけていない。化粧もやや濃いとはいえ、あのコギャル独特のヤマンバ化粧とは全く違う。
しかし、人は(とりわけ女は)見かけによらないもので、相当遊んでいるようだ。そうでなければ、はじめて来た男の部屋で、こんな風には振るまえないはずだ。
内心驚きながらも、嫌ではなかった。それどころか、久しぶりに、初体験のときのような、あの興奮と新鮮さを感じていた。
素っ裸のまま妙に落ち着き払って、冷ややかな目で自分を見下ろしている「真女子」とは正反対に、まるで自分の方が女になったような羞恥心のようなものさえ感じながら、そして、そのことに今まで味わったこともないような奇妙な倒錯した快感を感じながら、繁之は、着ていたものをそそくさと脱ぎ捨てると、ベッドの上に仰向けに横たわった……。