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蛇神3-7-1
日期:2019-03-25 22:57  点击:286
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 八月二十日。
 午後十一時を少し過ぎた頃だった。テレホタイムを待つようにして、蛍子は、インターネットに接続すると、真っ先に、沢地逸子のホームページにアクセスした。
 ところが、ブックマークに入れたタイトルをクリックしても、沢地のホームページにはつながらなかった。代わりに、パソコンの画面には、「ページが見つかりません。検索中のページは、削除されたか、名前が変更されたか、又は現在利用できない可能性があります」という旨のエラー表示が出た。
 え? 削除?
 そんな馬鹿なと思いながら、少し間をおいて、もう一度アクセスしてみた。多くのネットワーカーたちは、電話料金の安くなる時間帯、つまり午後十一時から翌朝の午前八時の間の、俗にいう「テレホタイム」にネットに接続することが多い。そのせいで、この時間帯、とりわけ、午後十一時から午前一時あたりまでは回線が混雑して、人気のあるホームページなどはすぐにアクセスできないことがある。最初はその類いかと思い、何度か間を置いてアクセスしてみたが、結果は同じだった。
 悪い予感がした。
 そういえば、以前、やはり猟奇殺人が起こったあとで、犯人がネットワーカーではないかという報道がテレビのニュース番組でなされた途端、犯人らしき人物が投稿をしたという掲示板にやじ馬が殺到して、サーバー(プロバイダーのコンピュータ)がダウンしてしまい、そのホームページは間もなく閉鎖に追い込まれたという話を聞いたことがあった。
 まさか、同じことが……。
 そう思いついたのである。
 沢地逸子が例のワイドショー番組に出演して数日が過ぎていた。その間に、他局のニュース番組でも、「真女子」に関する報道がなされていた。テレビの報道を見て、あるいは、テレビ報道を見た者のネット上の口コミ情報から、彼女のホームページの存在を知ったユーザーたちが面白半分にどっと押しかけたという可能性は大いにある。
 ホームページのアドレスまでテレビで公開したわけではなかったが、タイトルや沢地逸子という名前をキーワードにして検索をかければ、ホームページのアドレスなど簡単に分かる。
 蛍子は、そそくさとインターネットの接続を切ると、手近にあった携帯電話を取り上げ、そこに登録された沢地の自宅に電話を入れてみた。ややあって、沢地逸子本人らしき声が出た。
「夜分すみません。泉書房の喜屋武です……」
 そう言って、今、ホームページにアクセスしようとしたら、アクセス不可の表示が出たことを伝えると、
「ああ、あれ。しばらく閉鎖することにしたのよ」
 と沢地は幾分疲れたような声で言った。
 詳しく理由を聞くと、案の定、ここ数日、テレビの報道を見たやじ馬ユーザーが殺到したらしく、サーバーがダウンしてしまったのだという。
 それだけではなかった。あのワイドショー番組が放映された直後から、俗に言う「荒らし」が掲示板に来るようになったのだと沢地は憤りを隠せない震え声で言った。
「荒らし」というのは、「掲示板荒らし」のことで、掲示板などに、他人の誹謗《ひぼう》中傷や悪口雑言、あるいは意味不明の奇声めいた発言を書き連ねたり、卑猥《ひわい》な画像や死体画像などを貼《は》り付けるなどして、さまざまな嫌がらせを繰り返し、時にはその掲示板を使えないものにしてしまうような悪質ユーザーのことである。
 以前にも、その手の悪戯《いたずら》は時々あったのだが、そう頻繁というわけではなく、その都度、削除してしまえば済む程度のものだったのだという。ところが、テレビ出演した途端、その手の悪質ユーザーがまるで申し合わせたようにどっとやってきて、やりたい放題のことをしはじめたらしい。
 中には、「真女子」名の投稿もあり、おそらく第三者が装っているにすぎないようだが、「沢地! 次のターゲットはおまえだ」などと物騒なことを書き込んだりする者もいたという。
 さらに、掲示板だけではなく、ホームページの末尾に掲げておいたメールアドレスには、「真女子」を名乗る者からのメールが殺到しているらしい。
 それらの殆《ほとん》どが、発信元の情報を書き込んだヘッダと呼ばれる部分を改竄《かいざん》して自分の発信元を隠した、いわゆる匿名メールと呼ばれるものばかりで、内容はといえば、「私は犯人でない。冤罪《えんざい》だ。テレビで謝罪しろ」というものから、「私が犯人だ」と告白をしたあと、「これが私の顔写真です」などと書かれた添付ファイルまで貼り付けてあるものがあり、ウイルスが仕込んである危険性もあるので、開きはしなかったが、おおかた、開けば出てくるのは、掲示板に貼り付けられたような卑猥画像か死体画像だろうと沢地は言った。
「こうした事態はある程度予測はしていたんだけれど、まさか、これほど凄《すさ》まじいとはね……。まさに黒い祭りがはじまったって感じね」
 電話の向こうで沢地逸子はため息混じりにそんなことを言った。
「黒い祭り?」
「そう。今や、犯罪はお祭りなのよ。相も変わらぬ日常の繰り返しに退屈しきっている多くの大衆にとっては。特にこういう猟奇性が強くて劇場型の犯罪は、加害者でもなく被害者でもない多くの一般大衆にとっては、格好の娯楽であり鬱憤《うつぷん》ばらしなのよ。実際に起こっていることなのだから、映画やテレビドラマを見るよりも刺激があるしね……」
 そう言われてみればそうかもしれないと蛍子は思った。沢地は、例のワイドショー番組で、「犯罪の被害者が『贄《にえ》』ならば、犯人もまた『贄』だ」という言い方をしていたが、一体何に捧《ささ》げられた「贄」なのかと言えば、それは、まさに、「多くの退屈しきった大衆の黒い欲望」に捧げられた「贄」に他ならない。あるいは、「平和で秩序だった社会」そのものに捧げられた「贄」といってもいい。
 誰もが自分が安全で平和な環境の中で生きることを望んでいる。しかし、同時に、その「安全と平和」に飽き飽きし退屈してもいる。安全であるがゆえにその安全性を憎んでいる。何か「危険」なものが見たい。触れたい。血が見たい。そんな欲求は、おそらく、ごく「普通」と言われている人々の中に、殆ど本能のように巣くっているものに違いない。蛍子自身、かすかにではあるが、そうした欲求が自分の中にあることを自覚していた。
 こうした犯罪は、まさに、そうした「大衆の黒い欲望」に捧げられた「贄」なのだ。ある凶悪な犯罪が起こる。まず、「被害者」という名の「贄」が神輿《みこし》に乗せられて高くさらされる。
 最初はマスクで顔を隠した「犯人」という名の最高神官の手によって。そして、次は、「祭り」の下級神官ともいうべきマスコミの手によって。
 被害者という名の「贄」は丸裸にされて高く掲げられ、そのありとあらゆる個人情報が、ここまで報道する必要があるのかと首をかしげたくなるほど、これでもかこれでもかと活字や映像を駆使して、「神」である「大衆」のもとに届けられる。そして、「神」がその「贄」を堪能ししゃぶり尽くした頃、ようやく、「犯人」という名の最高神官のマスクが剥《は》ぎ取られ、最後の「生き贄」として「神」の前に引き出される。
「神」はその「生き贄」に飛びつき、ばらばらに引き裂き、一滴の血も残らないほど食らい尽くした後で、ようやく「祭り」は終わりを告げるのだ。
 満足した「神」は、「贄」の血で汚れた口を拭《ぬぐ》い、また退屈で平和な日常———職場や家庭や学校へと何食わぬ顔をして戻っていく。そして、日々の労働や勉学に勤《いそ》しむのである。次の「祭り」がはじまるまで……。
 ただし、この「神」は絶対ではない。ついさきほどまで他人が犠牲になった犯罪の報道を自宅のテレビで「楽しんで」いた者が、一歩、外に出たとたん、見も知らぬ人間にさしたる理由もなくナイフでめったざしに刺され、翌日のテレビには、自分が「罪もない被害者」として顔写真入りで報道されるということも、もはやありえないことではない。いつ「神」の座から転落して、自らが「贄」になるのかは誰にも分からない……。
「……それで、あれから警察の捜査は進んでいるんですか。『真女子』の身元は分かったんでしょうか?」
 そう聞くと、沢地は暗い声で言った。
「それがねえ、いくら聞いても警察は、『もっか捜査中』というだけで何も教えてくれないのよ。まあ、下手に教えると、またわたしがマスコミの前で何かしゃべると警戒しているのかもしれないけれど、今のところ有力な情報は何もつかんでないというところが本音かもしれないわ。理系の同僚に掲示板に残ったアクセスログを解析してもらったら、案の定、海外のサーバー経由だったみたいだし。となると、たとえ警察が相手のプロバイダーに問い合わせたとしても、『真女子』にたどりつくのは難しいかもね。それにメールにしても」
 と沢地は続けた。殆どというか全部が悪戯にすぎないと思うが、たとえ、その中に本物の「真女子」からのものがあったとしても、匿名メールの山からそれを判別するのは不可能に近いと……。
「とりあえず、ホームページの方はしばらく閉鎖するわ。まあ、人の噂《うわさ》もナントヤラと言うから、そのうち、ほとぼりがさめたら、またアドレスでも変えて再開するつもりよ」
 電話を切る直前、沢地逸子は少し明るい声になってそう言った。

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