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蛇神3-7-4
日期:2019-03-25 22:59  点击:307
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「……これがその本?」
 蛍子は伊達から渡された本を手に取って眺めた。タイトルは、「奇祭百景」とある。
 またもや伊達に呼び出されて、例のバーにいた。
「口絵を見てごらん。そこに写っているのが倉橋日登美だそうだ」
 伊達は言った。
 蛍子は、何げなく本の表紙を開き、口絵の写真を見て、はっと息を呑《の》んだ。そこに写っている巫女姿の女性の顔が、姪《めい》の火呂にあまりにも似ていたからだった。これが倉橋日登美だとしたら、彼女が火呂の実母であることは、この写真を見ても、もはや疑いようがなかった。
「……真鍋さんの話では、昭和五十三年の三月、その本が刷り上がってきたときに、取材や宿泊等で世話になった日の本寺の住職|宛《あ》てに、倉橋日登美の分も含めて二冊、サインをして送ったというのだよ。その一冊を日美香が持っていたということは、新田佑介の話と合わせると、おそらく、住職からその本を受け取った直後、倉橋日登美は一人で村を出て上京し、彼女の死後、同居人だった葛原八重にその本が渡り、それが二十年後、事故死した養母の遺品として、日美香の目に留まったということだろうな。奇しくも、一冊の本が一人の若い女性の出生の秘密を暴露したというわけだ」
「倉橋日登美は、やはり、一人で村を出たの? 三歳の娘を残して……?」
 ふと気になって聞くと、
「その娘なら亡くなったようだ。その年の十一月に行われた『大神祭』で一夜日女を勤めた直後に病気か何かで……」
「一夜日女って?」
 蛍子が聞き返した。
「一夜日女のことなら、その本の『大神祭』の項に詳しく書かれているよ。日の本神社では、巫女を『日女《ひるめ》』と呼ぶ習わしがあったようで、それというのも、日の本神社の祭神というのが天照大神だからだ。『日の神』に仕える『妻』という意味で、巫女を『日女』と呼ぶのだと本には書いてある……」
「ちょっと待って」
 蛍子は慌てて言った
「天照大神って女神でしょ? それなのに、『日の神』に仕える『妻』ってどういうことよ? それじゃ、まるで、天照大神が女神ではなくて」
「アマテラスはアマテラスでも、日の本神社のアマテラスは、どうやら日本神話に出てくるアマテラスとは違うらしい。男神で、しかも蛇だというのだ……」
「蛇?」
 蛍子は思わず声を高くした。
「日の本神社の由来を読むと、村を作ったのは物部氏の末裔《まつえい》ということになっている。六世紀頃、大陸から伝来した仏教をめぐって、崇仏派の蘇我氏《そがし》と対立し、蘇我氏との戦いに敗れた物部氏の残党が、大和を追われ、信州の山奥まで逃げ延びて作った村だというのだが……まあ、詳しいことはそれを読めば分かる」
「それで、火呂たちの父親のことは? 何か分かった?」
「いや、それがね……ちょっと妙なんだよ」
 伊達は首をかしげるような風をした。
「妙って?」
「その本にも書いてあるが、『日女』は『神の妻』として、生涯独身を義務づけられるというのだ。だから、彼女が、もし『日女』として村に帰ったのだとしたら、その後、再婚したとは考えられない。ただ、真鍋さんの話では、『日女』が独身を義務づけられるといっても、それは、表向きの話であって、実際には、結婚という形こそ取れないが、世襲である『日女』の血を絶やさないためにも、事実上の夫を持つことは許されているというのだ。そして、その男との間に子供ができれば、それは『大神の子』として認知され、神家の籍に入れられ、宮司《ぐうじ》の子として大切に育てられるのだという。
 そういえば、この神家の出身である新庄貴明と、今の宮司の神聖二という男が、戸籍上は兄弟ということになっているが、本当は違うらしいという噂《うわさ》は、どうやらこのあたりの複雑なお家事情から出た話かもしれないな。
 もっとも、事実上の夫といっても、誰でもいいというわけではなくて、その年の三人衆の中から選ばなければならないという古くからの村のしきたりがあるというのだが……」
「三人衆って?」
「『大神祭』で大神の役をする三人の若者のことだよ。この三人衆には、大神の霊が降りたとされ、三人衆に選ばれた者だけが、次の祭りまでの一年間だけ、『日女』の事実上の夫になる権利があるというのだ。だから、そう考えると、『日女』であった倉橋日登美は、この年の三人衆の中の誰かと恋愛関係になり、その男の子供を身ごもったということになるのだが……」
「でも変だわ。だとしたら、なぜ、彼女は、子供を村で生まなかったのかしら。生まれてきた子供は神家の籍に入れられて大切に育てられるのでしょう? だとしたら、なぜ、村を出て……」
「うむ。そこが謎《なぞ》なんだが、ひょっとすると、子供の父親は、その三人衆というのではなかったのかもしれない。それで、村の掟《おきて》を破ったということで、村に居づらくなったとも考えられるが……まあ、そのへんは、どうもまだ裏に何かあるって感じだな。何かあるといえば」
 伊達はようやく本題にはいるという口調で言った。
「もう一つ、気になることを聞き込んだ」
「なに?」
「週刊『スクープ』の記者がこの件について調べていたというんだ」
「この件って、倉橋日登美のこと?」
「ああ、しかも、この記者、達川という男だが、二カ月ほど前に、自宅マンションのベランダから転落死している……」
「転落死って自殺? それとも」
「遺書の類いはなかったらしいが、自殺の動機らしきものはあったようだ。真鍋の家を訪ねた直後、週刊『スクープ』の方は退職したようなんだよ。編集部の元同僚の話では、編集長とやりあって、達川の方から辞表をたたきつけたということらしいが。しかも、それが原因かどうか知らないが、そのあと離婚している。女房は五歳の子供を連れて実家に帰っちまったらしい。
 記者をやめた後は、定職にもつかず、かなり荒れた生活をしていたみたいだ。そんな生活状態だったことや、遺体からかなりの量のアルコールが検出されたということから見て、酒に酔った上での衝動的な自殺、あるいは事故という見方が強いらしいが……」
 伊達は考えこみながら言った。
「他殺の疑いもあるらしい」
「他殺?」
「転落直後に、達川の部屋から数人の若い男たちが出てくるのをマンションの住人が見たというのだよ……」
「……」
「倉橋日登美のことを調べていた週刊誌の記者が変死した。単なる偶然かもしれないが、どうも気になる……」
「でも、その達川という記者は、どうして倉橋日登美のことを調べていたの? やっぱり二十年前の事件がらみ?」
「いや、それが、元同僚の話では、最初から倉橋日登美のことを調べていたわけではないらしい。最初は新庄貴明のことを調べていたというのだ。まあ、新庄といえば、次期総理の呼び声も高い時の人だから、いわば旬のネタということで狙《ねら》っていたんだろう。おそらく、新庄の若い頃のことを調べているうちに、彼が少なからず関係していた、あの二十年前の蕎麦《そば》店一家惨殺事件に辿《たど》りついたということだろうね。
 それに、達川が編集長とやりあったというのも、倉橋日登美というよりも、この新庄ネタがらみだったらしいんだよ。ただ、元同僚が知っているのはここまでで、後は、達川とやりあったという編集長に直接あたるしかないのだが、この編集長というのが、あいにく、今年の三月、定年退職して、今は栃木の方に引っ込んでいるというんだ。一応、連絡先は聞いてきたから、明日にでもアポを取ってみようとは思っているが」
「なんだか、妙な展開になってきたわね……」
 蛍子は呟《つぶや》くように言った。

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