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蛇神4-2-2
日期:2019-03-26 22:18  点击:238
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「……伊達さんの行方はまだ分からないんですか。それはご家族としてもご心痛なことでしょうなあ」
 神一光《みわいつこう》と名乗った八十年配の老住職は、蛍子の話を聞くと、長く垂れた真っ白な眉毛《まゆげ》に埋もれるような目をしょぼつかせながら、気の毒そうに言った。
 仏事の最中だったのか、紫色の僧衣からは、微《かす》かに香の匂《にお》いが漂ってきた。
「伊達さんが自分の意志で失踪《しつそう》したとはとても思えないんです。この村を出たあと、どこかに立ち寄って、そこで何らかの事故か事件に巻き込まれたのではないかと思うのですが、そのことで、何かお心当たりはございませんか。たとえば、ここを出たらどこそこに行くつもりだと伊達さんが言っていたとか。どんなささいなことでもいいのですが」
 蛍子がそう言うと、老住職は、はてと思案するような顔になり、
「そのことは警察の方にもきかれたのですが、てまえの記憶では、伊達さんはまっすぐ東京に帰るとおっしゃっていたような……」
 もごもごと口の中で呟《つぶや》くように言った。
「九月四日の朝、村長さんの車に乗せて貰《もら》って、長野駅まで行ったと聞いたのですが……?」
 蛍子がさらに尋ねると、
「あ、いや」
 住職は遮るように言った。
「あれは太田村長の車ではなくて、郁馬《いくま》さんの車ですよ」
「イクマさん?」
 神郁馬といって、日の本神社の宮司の弟で、自らも神官であるという。あの朝、車を運転していたのは、この青年であると住職は言った。
 住職の話によるとこういうことだった。
 九月四日の午前九時すぎ、寺を出た伊達浩一は、長野駅行きのバスに乗るべく、バス停に向かっていた。そのとき、ちょうど、そのバス停近くで、公用で長野市の役所に行こうとしていた村長を乗せた神郁馬の車が通りかかり、長野駅なら途中だからと、伊達を拾ったらしい。
「……郁馬さんは、伊達さんとは顔見知りになっていたようなので、気楽に車に乗せてあげたのでしょうな」
 住職はそう言った。
 九月二日の午後三時過ぎに寺に到着した伊達は、宿泊手続きを済ませると、すぐに神家に出向いたらしい。このとき、自宅にいた郁馬と知り合ったのだろうと住職は言った。
 伊達を長野駅まで乗せた車の運転手で、しかも、伊達が滞在中に顔見知りになっていたという、この青年に会えば、何か新しいことが分かるかもしれない。蛍子はかすかな手ごたえのようなものを感じた。
「その方にお会いして、直接お話を伺いたいのですが、今どちらに……?」
 思わず身を乗り出すようにして尋ねると、住職は、部屋の中にあった置き時計の方にちらと視線を走らせ、
「この時間なら、まだお社の方におられるかな」と呟いた。
「お社と言いますと?」
「日の本神社ですよ」
 神郁馬は神官とはいっても、去年、東京の大学を卒業して戻ってきたばかりの、いわば見習いのようなもので、日の本神社周辺の掃除やら草むしりなどの雑用を主に受け持っているらしかった。
「お社」には、この寺に来るときには右手に曲がった三差路をまっすぐ行けばいいと住職は教えてくれた。
 蛍子は住職に礼を言い、傍《かたわ》らのハンドバッグだけ手にすると、これからすぐに行ってみると告げた。
 すると、住職は、片|膝《ひざ》に手を当て、「よっこらしょ」と掛け声と共に重い腰をあげながら、「夕食は午後七時と決まっておりますので、それまでにはお帰りを……」と言い残して、部屋を出て行った。
 

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