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村長宅の玄関を出てくると、村長夫人が竹箒《たけぼうき》をもって玄関前を掃いているのに出くわした。
「あの……」
一礼して通り過ぎようとした蛍子はふと思い立って、夫人に声をかけた。
「蛇ノ口に行くにはどう行けばいいんでしょうか」
すると、村長夫人は困ったような表情になり、
「あそこへ行かれるんですか。あそこはご神域だし危ないからやめておいた方が……」
と引き留めるように言った。
「近くをちょっと通りかかってみるだけですから」
蛍子はそう言って、沼のそばには絶対に近づかないと約束し、教え渋っていた村長夫人の口からなんとか蛇ノ口までの道順を聞き出した。自転車なら十五分ほどで行けるという。
「ご友人をお探しとか……?」
礼をいって停めておいた自転車の方に行こうとすると、今度は村長夫人の方からそう声をかけてきた。
伊達浩一という友人がこの村を出てからぷっつりと消息を断ち、一カ月以上もたつことを話し、家族もとても心配している。どんなことでもいいから手掛かりはないかと思い、藁《わら》にもすがる思いでここまで来たと言うと、村長夫人は、そのいかにも人の良さそうな丸ぽちゃの顔に心底同情するような色を浮かべて聞いていたが、
「それなら、白玉温泉館に行かれてみたらどうです?」と言った。
「白玉温泉館?」
聞き返すと、ここには、温泉を引いた外湯が幾つもあるが、その中でも、この白玉温泉館というのが一番大きく、施設が立派で、観光客や日帰りのドライブ客などもよく立ち寄るが、なによりも、村の年寄りたちが暇つぶしに集う社交場のような所になっていると村長夫人は話してくれた。
「今日は日曜だし、人も多いと思うから、誰か、その伊達さんという人のことを覚えているかも……」
村長夫人は言った。
聞けば、その白玉温泉館というのも、蛇ノ口の方角にあるという。
これは耳寄りなことを聞いたと蛍子は思った。村民の社交場のような所だったら、倉橋日登美のことを調べていた伊達が情報を仕入れるために訪れた可能性もある。そこに行けば、誰か伊達と接した人物に会えるかもしれない。
蛍子はそんな淡い期待を抱いた。