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言葉をください56
日期:2020-05-15 15:25  点击:331
アイヌとマリモ 北海道の旅

阿寒の夜は暑からず寒からず、宿下駄が素足に心地よい。
ホテルのすぐ前にはアイヌの村があって、でっかい丸木小屋で踊りを見せてくれる。
アイヌ衣裳の女性が五人、単調なムックリの調べにのって単調に唄い単調に踊る。みんなきれいな娘さんで、リーダーの中年婦人も口の入墨などはしていない。あの入墨は昔むかし内地の男にイケナイのがいて、護身のためわざと醜くした「のよ」と、ガイドの山本嬢が眉をひそめて語ってくれた。印象に残ったのは「キツネ狩り」。どういうわけか狐になった娘さんがグラマーで猟師が細身。「クマ狩りでないのけ?」という客の声に、「いいえきつねでございまーす」と中年婦人が抑揚のない声でまじめに答えるのがまたおかしい。グラマーギツネは仕留められてひっくり返り、皮まで剥がれてよたよたと退場した。
土産物屋はあかあかと灯を道に流し、その中に剥製のヒグマが立っている。身の丈二メートルをゆうに超す大きなヒグマだが、どれもかわいい顔で、アイヌの村の招き猫といったところ。
土勝石が欲しい、木彫りの熊も人形も欲しい。あれもこれもをがまんして、アイヌ娘が上手に鳴らしていたムックリを三百円で買った。心がはずむ。
ホテルで唇に血がにじむほど練習したが竹のヘラはビュンとも鳴らず。あきらめてこんこん眠り、一夜明けると早朝から船着場へ並ばされた。阿寒湖のマリモを観るのである。
雄阿寒岳、雌阿寒岳を右に左に見ながら船は進む。マリモは五センチの毬になるのに三百年を要するという。すると大きなてんまりや子供の頭ほどもあるのは一体いつからこの世に生きているのかしら。湖に浮きつ沈みつ──のマリモは観られなかったが、島の水族館のガラスに鼻をくっつけて、私はこの神秘な生き物を飽かず眺めた。苔寺のこけか、踏まずの芝生か、エジプトの絨緞《じゆうたん》か。次第にエスカレートする思いの中で、ふと、いちばんよく似たものを思い出した。
ほら、それは幼いころの乳母車。昔の乳母車は当世風の金属パイプではなくて、籐《とう》で編んであった。深くてゆったりとして、赤ちゃんはお母さんと差し向かいだった(余談ながら今の赤ちゃんは親の顔が見えず、買物籠といっしょに地面すれすれの前向きで、車はびゅんびゅん頬をかすめて走るし、さぞかし恐ろしかんべサ)。
マリモはあの、昔の乳母車の幌にゆらゆら飾ってあったぼんぼん《ヽヽヽヽ》を大きくしたものであった。あったかーくて深い緑の色だった。

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