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言葉をください61
日期:2020-05-15 15:28  点击:387
鯉 女 房

逃げた魚は大きいというが、拾った魚もでっかいものだった。
ある夕まぐれ、ある町を自転車で走っていた私に天から降って来た大鯉は目の下一尺五寸はあったのである。
はじめ私は、前を走る軽トラックがバウンドして荷台から何かが振りおとされたとき、猫が飛びおりたのかと思ったのだもの。それほどに大きな鯉だった。
私は自転車に乗って銭湯へ行く途中だったから、夕闇にうごめく物を先ずはタオルで取り押さえたのである。
その肉感たるや。
その動感たるや。
足がないので猫ではなく魚だとわかったが、いや、跳ねること跳ねること。もう風呂どころのさわぎではない。
当時私は、ある町の河川敷の掘立て小屋に住んでいたので、跳ねる獲物を自転車の籠に入れて洗面器でふたをした上を緒綱でぐるぐる巻きにして、小屋へとって返した。
その日、小屋には男三人の客があったので誰かが料《りよう》ってくれるだろうと、私は灯の下へ一尺五寸の大鯉を横たえた。鯉は二度、三度、どでんずでんとやっていたが、これを見た男どもは一歩下がり二歩下がり、とうとう誰もいなくなってしまった。
「いくじなしねえ」
それではと、小屋に一本の菜ッ切り包丁で腑分けにかかった。折しも月は中天にあり、切り落としたる兜はラーメンの丼ほど。打ちはらいたる鱗は正に五円玉か十円玉か。
「ホーラ、来てごらんよ。むかし幼稚園で作った紙のコイノボリそっくりだよォ」
叫べども血の海に寄りつく男一人とて無し。
これだけが自慢の小屋の大鍋に味噌をぐらぐら。こいこく《ヽヽヽヽ》のいい香りが立ちこめる。
そのころになってやっと灯へ帰り集まった郎党と月見の宴を張ったのだが……。
近ごろわが亭主を見ていると、なぜかあの日の大鯉を思い出す。作務衣《さむえ》など着ているのに厠《かわや》ですれ違ったりすると、「あッ、鯉だ」と思うことがある。肉づきといい動きといい。私はもしかすると鯉の女房になったのかもしれない。
十人の男を呑んで九人吐く

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